元三崎在住の作家いしいしんじさんの新刊「港、モンテビデオ」(216頁・税別1650円)が先月26日、河出書房新社から出版された。9年間暮らした愛着ある港町三崎と、鮮魚店「まるいち」など、そこで出会った縁の人や風景をモデルに創作。三崎への思いが詰まった1冊が出来上がった。
いしいさんは2001年、当時住んでいた浅草から「海が見たい」と電車に飛び乗り、偶然三崎に立ち寄った。すぐに気に入ると、翌週には再び三崎を訪問した足で物件を探し、日の出地区にある、かつてマグロ船員の宿として使われていた一軒家を新居に決めた。
忙しない東京での暮らしから一変、ゆったりとした時間が流れる三崎生活で得たのは、それまで感じたことのなかった食材の美味しさと人の温かさだった。
■ ■ ■
「港、モンテビデオ」というユニークなタイトルは、同作の装画を担当した大竹伸朗さんと1人ずつ気になる言葉を出し合ったもの。もともと「絵と小説を合わせた本を作ろう」とのコンセプトでスタートし、大竹さんの”モンテビデオ(ウルグアイの港湾都市)”という一言から、インスピレーションを受け、「それなら”港”はどうか」と提案したという。その後、持ち帰ったタイトルをもとにそれぞれが持つイメージで作品を創作。唯一無二の1冊が仕上がった。
■ ■ ■
舞台に三崎を選んだのには理由がある。
在住当時、朝昼晩問わず毎日のように通っていた地元鮮魚店「まるいち」の故・松本宣之さんと、その妻・美智世さんとの食事中に新作の構想を話したことがきっかけだった。「今、”港、モンテビデオ”という題名の作品を作っていて―」。それを聞いた2人が考え込む姿を不思議に思っていると、モンテビデオは美智世さんの父親が亡くなった苦い記憶の地であることを教えてもらった。「この作品は三崎の話だ」と直感。駆り立てられるまま筆を進めた。1つの作品を通した不思議とも思える出会いや縁、「全て偶然ではなく必然だった」と振り返る。
11年から一時的に休止していた装丁、製本を今春に再始動。それと同時に宣之さんが体調を崩し、先が長くないと知らされた。「一目でも読んでほしい」と、書店販売品とは別に急ピッチで私家版を作りに取り掛かるも、最後を見届けることなく今年5月、享年68歳でこの世を去った。「作品が出来上がったのは、四十九日の朝でした」。手にすることは叶わなかったが、天国へ旅立つまで完成を待ってくれている気がした。
先月末、三崎館本店で行ったイベント「いしいしんじ祭」で作品をお披露目。完成の報告と地元への感謝の気持ちを伝えた。「新盆を迎えた宣さんには少しだけ三崎に残ってもらい、皆で送り出せた」と笑う。
■ ■ ■
こうして小説が書けているのは、「三崎があったからこそ」。京都在住となった現在もその愛は衰えることなく健在。「京都で航海をしている気持ち。今も自分は三崎の人間だと思っています」
三浦版のローカルニュース最新6件
|
|
|
|
|
|