「ピ〜ヒャラリ〜」。鳥のさえずりのような清々しい音色が薫風に響き渡る。天神町在住の水野建比古さんは、日本古来の郷土芸能に用いられる「篠笛」を15年以上にわたって作り続けている。これまでに制作した数は約500本にものぼる。完成品の評価は、自らの手と口で1本1本奏でて確かめる。「うん。まあまあだ」。艶のある表面に細長く映った自分に強く頷いて見せる。
納得のいく音を求めて
三浦下町で生まれ育った。戦後、日本にブームを巻き起こしたハワイアンの甘く美しい調べに魅了され、大学時代にバンドを結成した。長身を活かした華麗な演奏で、ウッドベースを担当。「若い頃は結構ブイブイ言わせていたんだよ」と頬を紅潮させる。
ただミュージシャンとして生計を立てられられるのは、ほんの一握り。大学卒業後は、理科の教員として葉山中、上原中、大楠高、三崎高、追浜高で生徒を指導した。
悔しさバネに
定年を間近に控え、「第二の人生」として夢中になれることを探し求めた。「粋でいなせな庭師とか、職人に憧れた。道を極めようとする姿は格好良いからね」
そんな折、妻・節子さんから「篠笛」職人の赤坂敏照さん(横須賀市在住)を講師に招いた「笛作り教室」が開かれることを聞き、参加することに。「手先は器用と思っていたけれど、音程がバラバラになってしまって。情けなさと同時に、奥が深い楽器だと痛感した」。以降、赤坂さんに師事。職人として納得のいく音を求め続ける新たな生活が幕を開けた。
傷痕は勲章
三浦半島に住む知人から青竹を譲ってもらい、1節ずつカット。竹が水を吸収しない冬場に天日干し。腐らせず、丈夫にするのがポイントで、雨に打たれないよう細心の注意を払う。先端が3つに分かれた刃を持つ鼠歯錐で空洞部に穴を開ける。数ミリずれただけで音が狂う繊細な作業だが、電動ドリルは使わない。「手作りの温もりが違う。誤魔化しは利かない」。怪我は付き物で、自宅の引き出しの中には絆創膏がぎっしり。「傷痕は勲章」とゴツゴツした掌を見せる。飾りと補強の意味合いで、籐を裂き、丁寧に巻いていく。漆を塗れば光輝を放つ。
これで終わりではない。全ての指孔を塞いで鳴らす最低音「筒音」を最も重要視する。全身の産毛が逆立つような期待と不安の中、一吹き。3本並行して制作したうち、選りすぐりの1本を残す。ほか2本は「バキッ」とあっけなく葬り去るこだわりぶりは、囃子の演奏者などから評判を呼び、今では全国各地からオファーが舞い込む。依頼者の顔を思い浮かべながら、指の太さや長さに合わせてオーダーメイド。「たまに自分は天才だと思うような笛も出来るけれど、まだ修行の身。もっと良い品が出来るはず」。決しておごらず努力を積み重ねる。
120歳まで生きる
今後の目標を尋ねると空中に大きな「120」と書いて見せた。「健康寿命を延ばそう」と10年前から自戒して酒と煙草はやめた。腕立て伏せ60回、腹筋と背筋100回ずつ行うことを毎日怠らない。「習慣化すれば苦ではない。道具を使うだけの力は維持したい」。筋骨隆々とした肉体はまるでアスリートだ。
三浦太鼓「和太穂」のメンバーとしても活動。3年ぶりに開催されることが決定した「道寸祭り」で息の合った迫力のステージを披露する。
「若い人には負けないよ」と喜色満面の笑みを浮かべる。誰の目も気にせず、自分の世界を自由に楽しんでいる。
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