市内ステージを巡る「歌声サロン チーパッパ」の代表を務める 西 信光さん 堤在住 74歳
第3の人生、歌声で謳歌
○…歳を尋ねると「74・5歳です」と元気な声。歌声バンド8人のリーダー兼ボーカルで、9月から市内を巡るツアーを始めた。ギターも弾くその肩には、ビス7本が埋まっている。「大怪我をして。でもそれで、歌声人生が始まりました」
〇…大阪で生まれたが親が転勤族で転校が続いた。茅ヶ崎にも数か月住んだことがあり「中1の2学期だけは一中生でした」とにっこり。早大生時代は安保闘争の真っ只中。「自分の意見を持ち、主張することが当然の世の中だった」と学生運動への参加を穏やかに明かす。60歳まで勤めた製薬会社も転勤が多かったが、結婚し娘に恵まれてからは市内西久保に住まいを定め、両親も市内堤に住み始めた。「色々住みましたが、自由に選べと言われたら間違いなく茅ヶ崎です」
〇…第2の人生は、両親の堤の家の外構リフォームから始まった。趣味は「ものづくり」と公言するほどで、56歳の時には船を半年がかりで造ったこともある。庭の工事に没頭するあまり、外出は殆どなく黙々と一人作業する毎日。そんなある日のことだった。「思うように言葉が出ない」。心配した妻に「私の代理で」と地域会議に出席させられたことが功を奏し、足が外へ向いた。自治会の副会長就任や、エメロードの大会で娘への自作クリスマス曲が準優勝したりと大活躍。その後、街角で弾き語りや、組んだバンドでオリジナル曲の披露に夢中になった。
〇…そんな折り、肩の筋を切り大手術に。「この入院で考え直しました。自作曲の披露より、皆で歌える『歌声グループ』の方が多くの笑顔を作れるのではと」。孫が産まれた年でもあったこの時から大衆に知られている愛唱歌を奏で、一緒に歌う第3の人生がスタートし早7年。幸町の茅ヶ崎珈琲店での「歌声喫茶」は122回を数え、毎回大盛況だ。「人生は歳を重ねるほど楽しいよ」。豊かな髭とこぼれる笑顔に、この言葉の確証が持てた。
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