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【寄 稿】 渋沢に見る企業の社会的責任 信用金庫理事長の『論語と算盤』経営論

社会

掲載号:2021年2月12日号

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渋沢栄一の肖像(=埼玉県深谷市蔵)
渋沢栄一の肖像(=埼玉県深谷市蔵)

 現代に通じる経済の仕組みをつくり、「日本近代資本主義の父」と称される渋沢栄一が脚光を浴びている。書店では『論語と算盤』を始めとする関連書籍が平積みされており、今月14日(日)からは渋沢を主人公としたNHK大河ドラマの放送がスタートする。2024年には新1万円札の肖像画になるなど話題に事欠かない。なぜ今、渋沢栄一なのか? 渋沢研究者として知られる横須賀商工会議所会頭でかながわ信用金庫理事長の平松廣司氏に寄稿してもらった。

生きた時代とその功績

 渋沢栄一は1840年(天保11年)武蔵国、現在の埼玉県深谷市に生まれた。「中の家」と呼ばれた渋沢一族の宗家であり、父親が再興した藍玉販売で利益を得た豪農の家であった。当時は「士農工商」の身分制度がしっかり残っており、栄一はこの古い身分制度に大きな疑問と反発心を持っていた。その後、尊王攘夷思想を持ちつつ挫折を味わうが、彼の人生の大きな転機となる徳川慶喜との出会いで一橋家の家臣となる。1867年には慶喜の弟、徳川昭武と共にパリ万国博覧会視察のため訪欧の旅に出る。フランスで身分制度、官尊民卑、自由経済、銀行制度など日本にはない文明社会を目の当たりにして約2年のフランス滞在を終え帰国する。

 その後の栄一は駿府で経済改革を行い、その手腕を買われ、1869年に新政府太政官から召状が届き、民部省租税正として宣旨を受け、大蔵大丞まで出世をした。しかし、予算の使い方で大久保利通と対立、その後も経済政策を提示するも自分の居るところではないと察し、官界を去るのである。

 封建制度が色濃く残っていた時代から明治維新に向かう大きな転換期に日本人として初めて本格的なフランス、欧州の政治、経済、人材、金融制度、社会制度を学んだ栄一は民間、特に商人の学問の必要性と官尊民卑打破、合本思想の重要性を訴え、経済界、実業界で次々に改革実践を成し遂げた。この時代では極めてまれな人物である。併せて、欧州で実際に見聞した人間としての自由、平等、公平、公正思想のもとに500を超す企業を起こし、500を超す社会事業を成し遂げた功績は他の経済人の追随を許さない。栄一は封建国家から自由主義経済国家へと変えた日本の大きな転換期をもたらした人物の一人と言うことができる。

『論語と算盤』の思想

 論語は中国魯の孔子によって体系化され孔子の死後、弟子たちが集約記録した中国四書『孟子』『大学』『中庸』『論語』の内の一つで20篇からなり、漢時代には教学として認められた。君子が理想とする政治はどのようなことか、徳を第一として徳による王道で天下を治めるべきであるとし、科挙の出題科目として約2000年の間、中国の学問の主要科目となった。この中の五常(五経)といわれる仁、義、礼、智、信を栄一は企業経営の中心理念として据え、それに沿った事業経営を行ってきた。論語は宗教ではない。日常に起き得る色々な問題に対し「人とは」「世の中とは」特に「君子は本来こうでなくてはいけない」という側面から言及している文言が多い。そこには仁義道徳、道義心、正義、特に富の根源は仁義道徳、正しい道理で創られた富でなければ意義はなく、また永続しなければならないということが強く訴えられている。そこから「道徳経済合一説」が生まれるのである。日本の資本主義発達史上、実業と道徳を常に一体とした経営の中に、最上の「商業」「経営」を求めた大企業家は栄一以外にはいない。

 今日の経済界においても時々道義を踏み外し、私欲に走り、社会や経済界を混乱せしめる経営者がいるが、儲けの前に正義あり、儲けの後に還元ありの日本人的経営を最善とした栄一の姿は100年以上経過した現在でも色褪せない輝きを保っている。

後世に残したもの

 栄一は500を超える企業の創業に関与し、500を超える社会事業をなし得えた他、実業教育、とりわけ商業学校、高等学校、大学設立へ強い思いを持って取り組んだ。また、女子教育の重要性を訴え、労働問題と協調会設立、養育院の設立等も行った。今日でもこれらが学校として残り、学校設立主旨がなお継承されていることも栄一の偉大さの所以である。

 しかし、特筆すべきことは「日本近代資本主義の父」としての栄一である。資本主義は今日まで色々な変遷の中で揺れ動いてきた。学問的にはアダム・スミス、ケインズから新自由主義のハイエク、フリードマンとその時代に必要な政治経済学が一時はもてはやされ、そして衰退を繰り返してきた。しかし、私は企業は社会の中で存在しているのであり、社会的責任を常に背負っていると考えている。時に委託された経営者の権限が拡大し、企業のコントロールが働かなくなる。それは経営理念次第で企業が大きく左右されるということであり、組織にとって経営者の意思決定や理念がより重要になるということだ。その意味を栄一の「論語と算盤」は道徳と経済が一体となることで、企業経営にとって安全であり、企業の永続性を保つと唱えている。道徳経済合一説は経営者の独歩や私欲を止める抑止力の効果をもたらしているものである。過去もそうであったように今後も企業がコントロールを失うような出来事が発生するたび、栄一の道徳経済合一説を学び直す繰り返しが続くものと思っている。

 経営者に抑止力をもたらしたこと、それが栄一が後世に残した最大の功績である。

なぜ渋沢に惹かれるのか

 『論語と算盤』の中に足るを知り、分を守るとは、活動を止めるというにあらず、人生の進取的目的に対しては不断の欲望を持たねばならないという一節がある。

 意味は「身の丈に合った生活をしなさい。」「身分不相応なことをするな、身の程を知れ」ということと考えられている。確かに華美を求めず、堅実にそして何より謙虚さを忘れてはいけないという教えであり、人生の中で大変貴重な言葉である。一方で、封建時代や身分制度時代の上から見た下を納める考え方ともとれてしまう。しかし、若者たちが出生や派閥などで将来を閉ざされるような社会であってはならない。正義、公平、公正、平等を人生の道標とした栄一の「官尊民卑打破」の精神は今日でも民間主導、公民協働と言われていることを考えると、普遍的課題に回答を既に出している人物だったと思われる。

 また、企業経営者にとって利益を上げることは株主、社会、全てのステークホルダーに対して最も重要な役割、責任であるが、過去の歴史が示すように、時々私企業と勘違いしてしまう企業は社会の中に存在する。社会に生かされていることを忘れ、私物化する事象が発生する。そんな時に経営者自らが自己抑止力として「論語と算盤」の教えを手に持てば大きな間違いを犯すことなく経営者としての責任、社会的責任を果たすことができるのではないかと確信している。渋沢栄一の生き方と、経営哲学が私の目指す経営者像となっている。

横須賀と渋沢の関係性

 横須賀で栄一が直接経営に関与した企業は見当たらない。しかし、栄一は周囲に優秀な人材がいれば重要な役割を与え登用する。その中の一人に梅浦精一(1852〜1912)がいる。彼は栄一の片腕とも言われ、企業を建直し、極めて高い評価を得ている人である。その中の大きな仕事に渋沢栄一の指示で石川島造船所の新造造船所を浦賀船渠へ売却するというのがあった。当時堅実に造船業を起こしていた浦賀船渠に着目し、石川島造船所の中の新造船部門を全て売却したのである。これは栄一が梅浦精一に命じたもので、横須賀の隆盛の一つであり浦賀ドックの始まりである。
 

浦賀船渠創設期の当初工事写真(=横須賀市自然・人文博物館所蔵)
浦賀船渠創設期の当初工事写真(=横須賀市自然・人文博物館所蔵)

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