今年、創立110年周年の県立横須賀高校。野球部も4年後には創部100年を迎える。
1970年、77校が参加した県予選の初戦で当たったのが、この年、甲子園を初制覇した東海大相模。13点の大量失点ながらも9回まで持ち込み、後に胴上げ投手となる上原広一選手からも右前打を放った。「これが高校時代唯一の自慢かな」―。その年の冬、自分以外の同学年の部員がいなくなり、人をかき集めて大会に。2年の春、水泳部やバスケ部のエースが転部し、体制も整った。市内の地区大会では勝ち上がっていたが、高3の夏は、日大高校にノーヒットノーランで敗戦。自身は最後の打者。一矢報いることができなかった。
「高校で野球を辞めるつもりだったが、この試合が悔しくて。後輩たちにもっと上のレベルを教えたい」―と進学した明治大学では硬式野球部に入部。練習の傍ら母校に出向き、コーチ役を買って出た。
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就職先は日刊スポーツ新聞社。しばらく間はあったが、次男が同校に進学すると、再び母校へ足を向けるようになった。「押しかけの指導」と言いながらも10数年。今もグラウンドへ足を運ぶ。「プロのキャンプ取材で学んだことも後輩に還元したい」と母校への想いは人一倍だ。
一昨年からOB会として「マスターズ甲子園」に挑んでいる。県内で30チームが参戦。神奈川はOBチームも手強く、なかなか壁を崩せないが、往年の大投手と対戦できる楽しみもある。「若いメンバーが増えているから、今後が期待できる。甲子園は野球人にとって聖地。あの土を踏むのは現役とOB、どちらが先になるか」―とほほ笑んだ。
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