多摩丘陵の農村が多摩ニュータウンに開発されるまでの軌跡をモデルに描いた絵本『やとのいえ』が7月20日、(株)偕成社(新宿区)から出版された。著者はボローニャ国際絵本原画展で入選した経歴を持つ八尾(やつお)慶次氏(47)。同作品は、道端に佇む16の羅漢さんが一軒の茅葺き農家の営みを150年にわたって定点観測で見ていくという物語。監修を務めた(公財)多摩市文化振興財団の仙仁 径(せんに けい)氏は「ニュータウン開発の前後が定点観測の形で描かれた本は今回が初めてではないか」と話す。
タイトルになった「やと(谷戸)」は、浅い谷が低い丘の間に入り組んでいる地形のこと。かつて、その谷戸で田んぼや畑を作り、稲作、麦作、炭焼きを中心とした暮らしが営まれていた。その姿を変えたのが高度経済成長期のニュータウン開発。谷は埋められ、自然豊かな地域が団地やマンションなどに変貌を遂げ郊外の町となった。多摩丘陵は、そうした谷戸の代表的な場所として知られ、今回の作品は多摩ニュータウンをモデルに描かれている。
著者の八尾さんは、相模原市出身で現在は兵庫県在住。もともと石仏好きで「羅漢さん」を描き始め、2013年にボローニャ国際絵本原画展で入選。数々の作品の挿絵も手掛けているが、単行本の絵本としては今作がデビュー作となる。
最初は羅漢さんの周りに人や時代の流れを描くだけだったが、編集者との話し合いの中で、右側に羅漢さんを、左側に定点観測の形で場所や土地、風景を描いていくことになった。この着想は、定点観測で描かれているヴァージニア・リー・バートン『ちいさいおうち』、国の歴史や文化、習俗が読み取れるロベルト・インノチェンティ『100年の家』の2冊の絵本からだという。八尾さんは「大好きな2作品に少しでも近づけられるように」との思いで描いていった。
子どもから大人まで
監修を担当したのは多摩市文化振興財団の仙仁さん。仙仁さんは古くから多摩で暮らす地元の人たちに話を聞き、自然や民俗の部分で八尾さんにアドバイスを行い、数多くの資料を提供した。「仙仁さんから内容の濃い情報を預かった。時代、季節の変遷の部分で盛り込めないものや、描けない時代もありジレンマもあった」と八尾さんは語る。
構想から5年。1868年から2019年までの谷戸の変遷を場面場面で切り取り、細かく手書きで描写した作品が完成。巻末には8ページにわたって各場面を振り返り、農作業や使われている農具、村の習俗、人々の様子についての解説も掲載されている。
「無の境地で描き、完全燃焼した」と振り返る八尾さん。「制作過程で両親にも見てもらったら、自分たちの人生を照らし合わせながらページをめくっていた。皆さんの手元に届き、読んでもらって作品は成長していく。子どもから大人まで、人生や歴史を振り返りながら読んでもらえたら」と話している。
なお、同作品は1800円(税別)で全国の書店で購入できる。
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