日本国憲法の制定過程から学ぶ 憲法98条の修正 〈寄稿〉文/小川光夫 No.89
現在の日本国憲法98条は、1946年2月6日に政府が発表したときには、第10章第90条として「此ノ憲法竝ニ之ニ基キ制定セラルル法律及条約ハ国民ノ至上法ニシテ其ノ規定ニ反スル公ノ法律若ハ命令及詔勅若ハソノ他ノ政治上ノ行為又ハ其ノ部分ハ法律上ノ効力ヲ有セサルヘシ」となっていた。この章は、ネルソンやプールなど民政局小委員会の人達が戦前の日本のように天皇が発する詔勅(一般の人に公示されるのを詔書)などによって、憲法を越えて基本的人権が侵されることを懸念して設けたものである。それが6月の20日の帝国憲法改正草案では94条に移され、そして口語体で「この憲法並びにこれに基づいて制定された法律及び條約は、國の最高法規とし、その條項に反する法律、命令、詔勅及び國務に關するその他の行爲の全部又は一部は、この効力を有しない」となった。その後7月25日の第1回芦田小委員会で各自が持ち寄った修正案についての討議の際に、大島多蔵議員が帝国憲法改定草案第94条について、ポツッと「國の最高法規とし、」を削除したことを述べた。それに対して芦田は、私の方でも憲法の最高法規制についてはあまり深く研究していないが、自由党がこれを主張していたので「並びにこれに基づいて制定された法律及び條約」のところを削って「この憲法は、國の最高法規とし、・・・・この効力を有する」とした、と述べた。芦田は、この文章がアメリカ合衆国憲法第6条の第2項の内容によく似ている。アメリカには各州と連邦の立法があるが、日本にはないのでこの文章は必要がないと思っている、と述べた。この条項について大島議員からも「國の最高法規」の文言を削ると言う意見が述べられたが、これはこの章の一番の眼目であると思われるのでまずいのではないか、ということになって残された。現在の98条2項は、これまで我が国は国際社会のなかで、国と国とが結ぶ条約に対してあまり守ってこなかったという印象があったことから、その悪い印象を払拭するために規定されることになった。しかし、この第98条1項(最高法規)と2項(条約)に分けたことは、国内法と国際法との関係から、条約が憲法の最高法規性とは区別される理論的根拠となった。したがって日米安保条約のように条約及び確立された国際法規が憲法に抵触する場合にはいずれに優位するのかが問題となる。優位説には条約優位説と憲法優位説とがあることは誰でも大学で憲法の中で学習する。条約優位説の論拠としては、前文で国際協調主義をとっており、81条の違憲審査権の対象から除外されていること、98条2項で誠実に遵守すべき、となっていることがあげられる。一方憲法優位説の論拠は、第99条に公務員の憲法尊重擁護の義務があるが、公務員には条約を誠実に護る義務はないということである。また憲法第41条には「国会は国権の最高機関」とあるので、国民の代表機関である国会の承認のない条約は無効であるという解釈もある。解釈論でいうのならば第99条には、公務員の憲法遵守規定はあるが、国民にはないので国民は憲法を遵守しなくてもよいという不理屈さえも正当化される。
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