脳梗塞による左半身麻痺の障害をもつ柳田誠さん(馬堀町在住・64)=人物風土記で紹介=が12日に東京国際フォーラムで行われた障害者の音楽コンテスト「第12回ゴールドコンサート」に出場し、ドラムボーカルとして演奏を披露した。今年6月の予選を経て、最終審査の11組に選ばれた柳田さん。グランプリは逃したが、「ハンデをもつ自分が舞台に立てたこと自体が奇跡。周囲の支援に感謝の言葉しかない」と万感の思いをあらわにした。
「8年前に脳梗塞 左半身片マヒで ろれつ回らずしゃべれない 僕の人生 終わったか?」――。柳田さんが低く響き渡る声で自作のブルースを歌い上げると、会場に集まった1300人の観客が惜しみない拍手を送った。
社会人ラグビーやアマチュアバンドのドラマーなど、充実した人生を送っていた現役時代。55歳のときに脳梗塞を患い、左半身麻痺に。言語や記憶障害、高次脳機能障害も残り、「入院してしばらくは、先の見えない長いトンネルに迷い込んでしまったようだった」と当時を振り返る。リハビリの一環としてウクレレを始めたが、最初は指がほとんど動かなかったという。そこで、頭と体、両方から覚え込ませるため、自分が上手に演奏している映像を何度も頭の中で反芻しながら、1年がかりで1曲を完成させた。ドラムにも挑戦し、ドブ板でのライブや障害者施設でのコンサートに出演できるまでに回復した。
体調不良を押して
今年6月、NPO法人日本バリアフリー協会が主催する障害者の音楽のコンテスト「ゴールドコンサート」への応募を知人に勧められ、参加を決意。”音楽のパラリンピック”とも言われる同コンテストは、毎年約100組の応募の中からグランプリを競うもの。柳田さんは、ハンデを負い「絶望のどん底」から希望を見出すまでに得た数多くの気づきをストーリー仕立てに表現したオリジナル曲で予選を通過し、最終審査の11組に選出された。
現在も、脳内の酸素が欠乏する高次脳機能障害の後遺症で、毎日数時間は脳に酸素を送る在宅治療を続けている柳田さん。今年1月には、体調不良で救急搬送される事態があったばかり。コンテスト当日は早朝6時から移動やリハーサルがあり、会場の医務室で酸素吸入を行いながら体調を整えるなど、万全な状態ではなかったという。「当日は長丁場だったが、大勢の観客の前で最後まで演奏できたことが嬉しい。バンド仲間や周囲のサポートに大変感謝している」と溢れる感情を口にした。
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