人口40万人以上の市町村で、甲子園に出たことがない都市は横須賀市のみ。市民にとって甲子園出場は悲願だが、過去に1度だけ希望の光を見せたことがあった。
さかのぼること30年前。津久井浜高校が並み居る強豪を下し、ベスト4に進出した。「津浜旋風」―。そんな呼び方で注目され、地元では市勢初の快挙に大いに沸いた。当時、「津浜野球部」のカバンを持っているだけで声をかけられるほどだったという。
周囲の人たちの興奮をよそに、荻野は笑顔になれなかった。「優勝しなければ意味がない」。「勝ち上がった」というよりも「準決勝敗退」という印象だけが強く残っている。
今でも忘れない、7月29日。2年生にして3番ショートを任されていた。「絶対的なエースの存在と好調の打線。全く負ける気がしなかった」。その言葉通り、とんとん拍子で勝ち上がっていった。優勝が見えてきた準決勝のY高戦。「そんなに甘くなかった」。2点リードされ迎えた5回、スクイズで追加点を奪われた時、初めて「敗戦」の2文字が頭をよぎった。最終回、掴みかけていた夢の「甲子園」に届かないとわかった瞬間、グラウンドの土を涙が濡らした。「あの悔しさは死ぬまで忘れない」。記録だけ見れば、「快挙」として取り上げられる。その一方で、戦っていた荻野さんには「後悔」の記憶として脳裏に刻まれている。
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高校卒業後、社会人でも野球を続けた。「人生のほとんどが野球でできている」。47歳になった今でも一番の楽しみは草野球。打席に立つ度に、応援団の声援や仲間の姿を思い出す。負けた悔しさも含めて、最高の思い出。「あの時の打席がお金で買えるなら、いくら出しても戻りたい」
自分たちが勝ち取ることのできなかった甲子園への切符。毎年願うのは市勢初の優勝だ。いつかまた、横須賀から「旋風」が巻き起こることを待ち望んでいる。
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