京都・遠州との縁を今に ういろうで600年前の舞
本町の(株)ういろう(外郎武社長)で7月19日、静岡県森町の山名神社に伝わる「天王祭舞楽」の特別公演が行われた。
蟷螂の創設者
八段で構成される同舞楽の一段、”蟷螂(とうろう)”。日本三代祭りの一つである京都・祇園祭の「山鉾巡行」で登場する蟷螂山に由来するとされており、室町時代にこれを考案したのが、外郎家の先祖・陳大年(ちんたいねん)だった。
京都に住む陳は、南北朝時代に足利軍と戦った公卿四条隆資(たかすけ)の生き様を残そうと、中国の故事にちなんで武勇の象徴・カマキリを御所車に乗せた。こうして誕生した蟷螂山だが、一族はその後小田原に移住。貿易で出入りした森町にも蟷螂を伝えたとされる。
京都を離れた外郎家と蟷螂山との接点は以後、長年途絶えていた。だが2005年、同社の社史を編纂する際、歴史小説家の話から思わぬ縁が発覚。11年には外郎社長が初めて祇園祭に参加するなど交流を持つようになった。同時に森町との交流も深め、今回の特別公演が実現した。
時越えた繋がり
当日は生憎の雨模様となったが、200人を超える観客が鑑賞。蟷螂の舞では、厳かな雰囲気の中、カマキリの演者がゆったりと羽を広げる様に一同が釘付けになった。舞台脇で見守った保存会の村松康彦会長は「まさに縁(えにし)。小田原で披露できて本当にうれしい」と目を細め、外郎社長は「心と心が通い合ってこそ文化は絶えることなく続いていく」と振り返った。
なお公演前の17日には外郎社長と社員10人が祇園祭に参加。蟷螂山の引手を務め、”本家・蟷螂”継承の役目も果たした。