古い民家や入り組んだ谷戸にある空き家──。これを活用して、「集いの拠点」を創出する例が増えている。建物の趣や構造を活かした再生、地域住民や若者のコミュニティ拠点の創出など、人と人とのつながりから新たな出会いが生まれている。三浦半島地域の取り組みの事例を紹介する。
谷戸の潜在的可能性を実証
JR田浦駅から山側に歩き、長善寺を過ぎて京浜急行のガードをくぐる。車1台が通れる谷戸の細道をさらに進むと「温泉谷戸」と呼ばれるエリアに行き着く。時間にして20分ほど。かつて横須賀市が自然環境の保全を目的に整備した「田浦ホタルの里」があるこの一帯は、戦後に建てられた長屋の市営住宅が密集する。老朽化を理由に3年前に廃止されていたが、上地克明市長が選挙公約に掲げた「谷戸再生」の舞台として白羽の矢が立てられた。創作活動を行う芸術家などを呼び寄せて、地域との交流機会を創出していくユニークな試みだ。集落の維持と活性化を最大の狙いに、「アーティスト村構想」といったキャッチーな言葉を打ち立てて実現化させていく。
芸術をツールに
市から居住を打診されたのが土器作家として活動する薬王寺太一さん(横浜市出身)。平屋建ての長屋3戸分を改修した住居兼アトリエに、昨年の12月から住み始めている。リフォーム費用は市が負担するが、谷戸再生をテーマに活動する有志グループや関東学院大学の学生がボランティアで床の張替や内装工事に参加。天井の化粧板も取り払い、「山小屋」をイメージさせるような空間に仕上げた。
薬王寺さんは独自の創作活動に励む傍ら、地域交流も進めている。先ごろは付近の住民を20人ほど集めて陶芸教室を開催、土いじりと成形を楽しんでもらった。市が展開する事業に地元も興味と期待を示しており、協力的な姿勢を見せている。「陶芸は地域の関係を温めるためのコミュニケーションツール。住民のひとりとして求められている役割を果たしていく」と薬王寺さんは思いを話した。今後は月に1〜2回のペースでワークショップを開いていくほか、作品の展示会などを計画。アトリエを地域コミュニティの拠点として機能させていく考えだ。
芸術家にとって、自然豊かな谷戸の環境は創作意欲を掻き立ててくれるらしい。「人里離れた静かな場所は制作に没頭できる」と薬王寺さん。自然と人間の営みが交錯する貴重な場所であり、「谷戸の価値を共有できるほかのジャンルの芸術家の移住も期待したい」と付け加えた。
都市的な利便性という観点から、住みにくさばかりが強調され、廃屋となるケースが後を絶たない谷戸や山あいの住宅地。上地市長が挑む「谷戸再生」は、新たな価値と魅力を社会に提示していくものだ。「谷戸のポテンシャル」とも言い換えられる。それを実証するのがこの事業なのである。
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