三浦版 掲載号:2015年1月30日号 エリアトップへ

三浦の散歩道 〈第76回〉 みうら観光ボランティアガイド協会

文化

掲載号:2015年1月30日号

  • LINE
  • hatena
六十六部巡拝祠
六十六部巡拝祠

 県道26号線沿いに「松輪入口」の信号があります。この辺りから県道は、やや下りぎみになります。現在は「ウインザーハイム三浦」の地番は「南下浦町金田」ですが、少し三崎方面に行くと「三崎町六合」になります。かつては片側は深い谷でした。ゆるい坂道の辺りを「山林なり、古は松樹六万本ありしと云」(『新編相模風土記稿』)と記されている如く、「六万本山」の小名であったのでしょう。 三崎警察署を少し下りたバス停の脇に巡拝塔が祀られています。「三浦市教育委員会」が平成3年に発行した『三浦の文化財』第十七集の中で、「六万本の六十六部塔」として紹介しています。それには次のように記されています。

 「三崎警察署を下った坂の途中に『六十六部廻國正念上座』と刻した六部の供養塔が石祠の中に祀られている。この碑は六万本の六部さまといって、古くから伝わる哀しい話がある。昔、この辺りは深い谷戸で樹木が欝蒼として茂り、杉の木(注、ここでは松ではなく杉としています)が六万本もあったところから六万本という地名がある。当時は人通りもまれな寂しいところで、里人は、しばしば追い剥(は)ぎや盗賊に襲われていた危険なところであったという。宝暦3年(1753)二月武州在の江戸四谷に住む寂光という六部が、廻国巡礼の途中ここを通りかかったところ、折悪しく盗賊に出会い、丸裸にされて殺されたという。のちに里人たちはこの六部の死を悼み、淋しい道の傍に供養塔を建立し、ねんごろに弔(とむら)ったと伝えられている」とあります。 さらに、こんな話も。『三浦の伝説と民話』(昭和52年第三版)として、「三浦市観光協会」発行の中に、「ある夜、ボテふり(魚を籠に入れて天秤で売り歩く)の出口三五郎が、商売の都合で夜おそく六万本を通ると、真暗い木の茂みの中に何か物音がするので、こわごわ天秤棒を構えて音のする方を見据(す)えると、茂みの中から急に赤い光がきらめいた。すると、この異様な光にびっくりした人影が、三五郎の前を逃げ去った。盗人だった。三五郎が不思議に思って、暗い草むらをさがしてみると、その光ったものは六部様であった。三五郎は、危難を救ってもらった御利益を得として、六部様を祀り、おまいりを欠かさなかったという」。

 「六十六部」とは、法華経を六六部書き写して、日本全国六六か国(畿内、七道の国々)の霊場に一部ずつ奉納してまわった僧を言うのですが、また、何事か自身に不幸を持し、それを除くため諸国の国分寺や一の宮を巡拝した人で、鈴を振り、仏像を入れた厨子(ずし)を背負い銭や米などを請いながら巡礼して歩いた人達でしょう。旅の途中で亡くなることもあり、各所に「供養塔」が建てられています。ここでは「六万本」とのかかわりが、何とも印象に残ります。
 

三浦版のコラム最新6

世界一の素敵親子をめざして

連載22

世界一の素敵親子をめざして

文・家庭教育支援チーム「はっぴー子育て応援団」

11月20日号

三浦の咄(はなし)いろいろ

連載 第71回「新編相模風土記稿」

三浦の咄(はなし)いろいろ

みうら観光ボランティアガイド 田中健介

11月20日号

100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

連載

100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

三浦市社会福祉協議会 成田慎一

11月20日号

第13回 マジックテープの原型「イガオナモミ」

三浦半島 草花歳時記

第13回 マジックテープの原型「イガオナモミ」

文・写真 金子昇

11月6日号

三浦の咄(はなし)いろいろ

連載 第70回「三浦古尋録その【7】」

三浦の咄(はなし)いろいろ

みうら観光ボランティアガイド 田中健介

11月6日号

三浦の咄(はなし)いろいろ

連載 第69回「三浦の五木その【2】」

三浦の咄(はなし)いろいろ

みうら観光ボランティアガイド 田中健介

10月23日号

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 11月20日0:00更新

  • 11月6日0:00更新

  • 10月23日0:00更新

三浦版のあっとほーむデスク一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

三浦版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2020年11月28日号

お問い合わせ

外部リンク