三浦の散歩道 正月特別編 みうら観光ボランティアガイド協会
年の暮の十三日とか二十日、または二十八日にカドマツオロシ・マツムカヘ・オマツサマムカヘ・ハナムカヘなどと言って山から松を伐(き)ってくる習俗が地方にあります。北関東の地では「正月様ムカヘ」と呼んでいるようです。正月になって祭る神様のことは年神様とか、歳徳神とも申していますが、「正月様」と呼ぶ地方が多いようです。
新年の初めは一月とか睦月と暦ではなっています。「ムツキ」の呼称は、もとは「毛登都月(もとつき)」で、「もと」の約は「牟(む)」で、「ムツキ」になり、生む月で、春陽発生の初めなのだそうです。
では「正月」の意は何でしょうか。『廣文庫』(物集高見著)に『年中行事秘抄』をあげて次のようにあります。漢文体で「正月ハ、立春ノ気節ナリ、本(もと)ハ政月トナシ、秦ノ始皇コノ月ヲモッテ生ル、ヨッテ政ト名シ、遂(つい)ニ正月ト改メナス」とあり、「政」(まつりごと)から「正」に変(へん)じたようです。他に「年ノ初月ヲ正月ト云フ、先ヅ初月ヲ正月トスル事ハ震旦(しんたん)ノ法也(なり)」とあります。「震旦」とはインドから呼んだ中国の古称です。では、我が国ではどのように称したのでしょう。『聖徳太子伝略備講』に、「一月ト云(い)ハズシテ正月ト名ヅクル者(もの)ハ、歳ノ首月ナリ、其ノ端正ナルニ取リテ云フ」とあって、『史記』を引用して、正月は霜が多く、心が憂い傷(いた)むので「純陽」(あたたかく、おだやか)でなければならないとして、「正陽の月」と称したとあります。
正月についての別称は、「正月ハ之ヲ端月ト云フ」の他、「孟陽、上春、開春、発春、献春、首歳、献歳、発歳、初歳、肇歳、方歳、華歳など種々の言い方があるのには驚きです。「一月」の言い方も古くからあるようです。和漢ともに人君即位の年をさして元年と定め、年々月のはじめを正月と言うことなのです。
我が国では神様を祭るときには木を立てて、そこへお迎えするというのが昔からの習慣です。祭りの日にはお宮の前や里の入口に高いのぼりを立てます。そこに榊や白紙の紙垂(しで)をつけます。「御幣(ごへい)」のことを古い言葉で、「みてぐら」と言い、「御手」と「神の座」のことで、祭る人の手で御案内することのできる神座というのでしょう。
「門松」を立てることは正月に祭る神様を迎えるためのもので、神聖な神祭りの場所であることを示す目じるしでもあるのです。
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鎌倉右大臣実朝の『金槐和歌集』に載る「正月一日によめる」歌を記して、読者の皆様方が、よいお正月を迎え、この一年が何事もなく、よい年でありますことを祈念申し上げます。
「今朝(けさ)みれば山も霞(かす)みて久方(ひさかた)の天(あま)の原より春は来にけり」
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