50周年を迎える「秦野スカウト会」会長 藤野 誠さん 本町在住 89歳
会も仕事も生涯現役
○…「スカウト会の歌には”死ぬときまでスカウトだ”という歌詞がある。生きている限り会長は辞められないよ」と笑みを見せる。市内のボーイスカウト運動を担当する同会会長として約30年、試行錯誤を続けてきた。「秦野スカウト会は、個々の組織や現場の方々がしっかりしている。こちらも安心だよ」と見守る。
○…厚木生まれ。厚木中学(現・厚木高校)ではバスケットボール部に所属し、学校まで6キロを徒歩で通学した。「おかげで足腰が鍛えられた」と振り返る。盛岡高等工業学校(現・岩手大学)に進学して金属加工を専攻するも、当時は太平洋戦争の真っ只中。軍への召集が決まり、半年早く学校を卒業した。飛行機への憧れもあり、徴兵検査では航空隊を希望。「今だから言えるけれど、グライダーに乗った経験があるって嘘をついちゃった」と合格。工業学校時代の知識があるため整備部門の教官に就任した。「結局自分は戦地へ行かなかったが、交流のあった若い兵隊たちは帰ってこなかった」と肩を落とす。
○…終戦後、結婚を機に実家が秦野で経営する機械加工会社「藤野製作所」へ。自身も秦野に居を構えた。やがて社長を継ぐと、静岡や大分に事業所を持ち、社員も100人以上を抱えるまで大きくなった。「人に迷惑をかけず、お客様に好かれるよう、真面目にやってきた」と仕事の極意を語る。現在は長男が社長を継ぎ、自身は会長に。「この年齢まで仕事している人が周りにいなくなっちゃった。でも、家でボーッとしているよりはいい」と元気に話す。
○…妻、長男夫婦、高校生の孫娘の5人暮らし。「最近、部活や勉強で忙しいみたい」と孫のことを気にかける。植木いじりは、50年来の趣味。「この前、育ててきた洋蘭を咲かせたんだ」と笑う。所属する秦野ロータリーでは創設時から残る唯一のメンバー。健康の秘密を聞くと「いろんな食材を食べ、時間をかけて噛むことかな」と胸を張った。
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