泉区周辺で養蚕が盛んだった明治から大正時代には絹糸を横浜港へ運ぶ道として重要な役割を果たすなど、古くから往来が盛んだった現在の長後街道。その長い歴史をまさに物語っているのが通称「マッカーサー井戸」の存在だ。
泉区中田北の中田町中西交差点付近にある看板によると、かつて同所には八百屋がありその敷地に井戸があったという。
太平洋戦争が終わった1945年、日本進駐のため、現在の厚木基地に降り立った連合国軍最高司令官のマッカーサー元師。宿である中区の「ホテルニューグランド」を目指し、大勢の部下を従えて長後街道を横浜へ向かう途中に立ち寄ったとされるのがこの井戸だ。
泉区制十周年記念出版「いずみいまむかし―泉区小史―」によるとマッカーサー元帥がジープの助手席に座り、ドア代わりの鎖に足をかけながら井戸水を美味しそうに飲んでいたという目撃情報もあったとか。
現在、同所の井戸は閉口され、井戸の名前の由来を記した看板のみが残されている。
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