対談・小田原での暮らしを見つめる【3】 希望の多様性を拓く 経済学者×宮大工棟梁

社会

掲載号:2016年8月27日号

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 経済学者の井手英策さん(44)と宮大工棟梁の芹澤毅さん(45)が、各々の生業を通し、小田原での暮らしを見つめる。互いの職業に尊敬の念を抱きながら進む対談の中で、未来に向かう子どもたちに、「希望」と「多様性」を拓く重要性に触れた3回目。

 井手 「思い出」というキーワードにグッと来ました。2011年、震災の年の4月に、脳内出血で倒れて死にかけたんです。よく「走馬灯のように自分の人生のいろんな思い出がよみがえってくる」と言いますね。でも僕は全然甦らなかった。たぶん、思い出に残るようなことがほとんどないんです。いろいろなことを犠牲にして、大学を出たらずっと急き立てられるように生きてきた。そうすると自分が死にかけたときに、「俺には思い出がなにもない。このまま死んじゃったら何もない」と、すごく怖い思いをしました。

 僕の生まれた福岡の久留米には、石垣はあったけどお城はなかった。僕の子どもは三の丸小学校に行っていて、彼にとってお城というのはすごく特別な存在です。それから小田原には方言がありますね。方言というのも、同じ言葉を持つという、一つの「思い出」だと思います。この街なら、四季折々の自然の変化を感じながら、さまざまなことを思い出として吸い込み、生きていける気がするんです。

 芹澤さんにはすごく失礼な言い方ですが、昔は勉強ができない人が大工や寿司屋の職人になるという風潮があったじゃないですか。今の社会は、大学、会社に行ったって、いつどうなるか分からない。

 だったら、世界で一番うまいファストフードが寿司だって、誇りを持って出せるような、誇りを持って生きる人たちの世界がもっと広がっていってほしい。でないと、とんでもなく生きづらい社会になってしまうような気がします。

 芹澤 勉強とは、する時期が早いか遅いかだと思います。いま僕は夢中で勉強しています。やらされているときは頭に入らないけれど、”なにかのため、なにかが好きだから”勉強してる、という気持ちがあると、原動力になる。大工は算数ができなきゃ図面も描けない、積算もできなきゃいけない。お客さんと話すのに道徳も知らなきゃいけない。そういうことを全部知らないと大工にはなれない。だから僕は今でも勉強しています。

 井手 勉強は、人生でずっとやらなきゃいけないことなんですね。今の子どもたちを見ていて感じるのは、ほとんどが、勉強は”やらされる”、塾に”行かされる”。東京で、ある寿司屋に行ったときに、今は修業して職人になる人がいないと聞きました。専門学校に行って求人の張り紙を出して、人が来てくれるのを待つ。来てくれたら、大事にして長く働いてもらう。寿司を握るのが好きで一生懸命修業しよう、っていう世界ではなくて、勉強させられてあんまりできなくて仕方なくこの世界に、というような。

 もっと技術を持った人が尊敬される社会になってほしいと思います。その前段で、子どもたちがそうなりたいと自分で気づき、その道がちゃんとあるような世の中にしていかないといけない。どうやったら子どもたちが、気づきの場を持てるか。

 芹澤 希望から入る職、ですよね。希望の多様性が職であって。

 井手 本来、大学で勉強するのは、職にたどりつく道。人生の大部分を占める「働く」ことのために知識を身に付けたり、技を身に付けたり、といろんな世界がある。よく働く、ちゃんと働くための道の一つに大学があるのに、今は働くというのが結果みたいになっています。いい大学に行くことが、高い給料もらうことがとにかく大事、みたいな。いろいろな職業の訓練ができる場所が最初にあったら、行きやすくなると思う。

 芹澤 いずれにしても、そういうことをみなが求めているという気がします。

 井手 小田原には、そういう社会に向かっていく土壌があるような気がします。

 芹澤棟梁がしているような仕事に対するリスペクトがあるわけですよね、小田原には。そういう社会はこれからまだまだしぶとく残っていけると思う。そういう社会を子どもたちに開いてあげないといけません。

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