やってきたこと、そしてこれから すとう信彦の3年間の活動と実績前衆議院議員 すとう信彦
11月16日に衆議院が解散されました。この3年間の活動を3点に絞って振り返ってみたいと思います。
1.福島原発事故収束
本来は外交・安全保障が専門の私ですが、2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故以来、ほぼすべてのエネルギーと時間を原発事故収束に捧げることになりました。
事故後すぐに「原発事故影響対策PT(プロジェクトチーム)」を立ち上げ、後に「原発事故収束対策PT」として再編、副座長として原子力事故収束に当たりました。最初に取り組んだのが、被害者への東京電力による賠償スキームです。信じがたいことですが、「原子力安全神話」の下では、事故は起こらないものとして、現実に発生した場合の巨大賠償の原資も、それを誰が負担するかも決まっていなかったのです。そこでまず、原子力損害賠償支援機構法を作り、初めて電力会社が賠償し、政府が資金提供するメカニズムが動き出しました。
また、放射能に汚染された瓦礫の処理も、責任官庁が存在せず、法律もないためまったく処理できないという状況でしたが、放射性瓦礫処理法を議員立法で成立させました。
同年10月には憲政史上初となる国会内における「原発事故調査委員会」を設置。電力会社や政府とは別に、国民の代表する国会が独自調査をすることが実現しました。「原子力ムラ」を監視する「原子力規制庁」の設置に貢献。また、自主避難者や子どもたちの窮状を救うために、ロシアのチェルノブイリ法に相当する子ども支援法(通称フクシマ法)をつくりました。
これまで、福島原発事故収束のほとんどのプロセスと法制化にかかわってきました。そして現在も福島復興PTの原子力事故収束・除染WT(ワーキングチーム)の座長代理として、一日も早い福島の再生を目指して働いています。
2.外交・安全保障
外務委員会理事、海賊対処・テロ防止特別委員長などを歴任し、不安定化する世界情勢の中で日本外交を下支えしました。そのほかにも世界各地の民主化に議員外交を通じて取り組みました。
ハイチの大地震では最も早く現地に飛び、世界で高い評価を受けた自衛隊の救援PKOを導きました。フィリピン選挙監視、そして中央アジアのキルギスでは現地の民主化の女性リーダー、オトゥンバエワ大統領じきじきの要請を受けて、民主化支援に取り組みました。また、国際的に高い注目を集めているラオスおよび、キルギスとの友好議連を立ち上げ、会長を務めています。
3.TPP(環太平洋経済連携)には懐疑的
TPPに関しては一貫して国民的な議論をおこなう必要を訴えてきました。よくTPPを輸出促進や自由貿易拡大の協定であると言う人がいますが、実際は「制度の自由化」であり、いわば超大国アメリカの制度を日本の国内業界に押し付けるものです。
対象は農業にとどまらず、医療、公共事業、高度技術、知的財産権、インターネットの自由など、日本の基本的な社会制度の多くに抵触しています。その多くが、これまで独自の技術を培ってきた、日本の産業の未来を阻害する内容です。私は政府に対し、TPPに加盟すれば実際どの程度の利益があるのか、そしてその一方で国民経済的にはどのような不利益を被るかについての十分な情報開示と国民との対話を求めて活動しています。
★2013年に取り組むテーマ「クリーンで安全・安心な社会をめざして」
先日、福島第一原発サイト内部に入って調査を行いました。冷却は順調に進んでいますが、使用済み核燃料の処理、そして溶解した核燃料取り出しへ着実に歩を進めていきます。
まず、50基すべての発電所に対し、その安全性のカルテ化を行い、危険度の高いものは直ちに廃止し、廃炉へむけた作業を開始させます。そのための機材・人材開発も急務です。
その一方で、安価な天然ガス供給ルート、シェールオイル・ガス開発、超技術といわれる環境負荷の小さい石炭火力発電等、原発を早期に代替できる発電システムを整えます。12年度にスタートした再生可能エネルギー促進制度を加速し、原子力はもとより化石燃料にも過度に依存しないエネルギー体制を構築します。
外交面ではとにかく日中韓の緊張状況を解決しなければなりません。世界を代表する経済大国が領土問題や過去の歴史で対立していては、日本だけでなく世界にも深刻な影響を与えます。それぞれの国民が納得する歴史評価形成や相互理解の向上をはじめ、さまざま政治・経済・文化面での交流を通じ、早期に東アジアの安定を確立します。
【追記】
本日(11月23日)、菅直人さんの「脱原発キャラバン」が神奈川7区に登場。私も菅前総理と共に、「脱原発」「安全・安心」社会の実現を強く訴えました。これからも脱原発をめざす様々な人とつながっていきます。そして、日々厳しさを増す日本。だからこそ政治がひとりひとりの生活の安心を支えるプラットホームとならなくてはならない。その覚悟を胸にこれからも活動していきます。
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