観音寺(かんのんじ) 曹洞宗 5回
徳川の旗本、安藤治右衛門正珍(まさとし)(2代将軍徳川秀忠家臣)が、祖父の定次、父の正次とともに京都や伏見、関ケ原などの戦で功績を挙げ阿久和村の領主となり、1615(元和元)年、先祖の冥福を祈るために創建したといわれる。
本尊は安藤家代々の守本尊聖観世音菩薩。奈良時代の高僧・行基の作と伝えられ、楠の一木造りで高さは二尺六寸六分(約80・5センチメートル)。両腕から先、両足などは後世に補造されたもので、のみの痕を表面に残す技法の「鉈彫」が特徴的だ。当時の面影をよく伝えている仏像で、33年に一度の開帳を行う秘仏だという。
1649(慶安2)年に寺領十二石三斗の御朱印を受け、中田寺稲葉堂(二十六番)、和泉町の正法寺(二十五番)、上飯田町の大石寺(二十四番)とともに鎌倉郡観音三十三札所の二十三番札所として、観音信仰の霊場とされる。
仏教国スリランカから1989年に贈られた「仏舎利」と、日本でも珍しいとされる総丈4メートルの金色の涅槃像=写真下=が祀られる仏殿は、98年に落慶し、禅宗の様式を尊重した重層の伽藍となっている。
■観音寺/(瀬谷柏尾道路沿い「観音寺前」バス停下車)、住職・梅田保彦 【電話】045・811・1405
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