金沢区制70周年記念連載 「地元の歴史 振り返る」第1回 横浜最古 野島の貝塚 文/NPO法人横濱金澤シティガイド協会本コラムでは2018年に金沢区が区制70周年を迎えるにあたり、シティガイド協会の協力を経て、地元の歴史を振り返る
今の金沢区の中心部、市役所や金沢文庫駅の辺りまでは昔は広い入海で、平潟湾も今よりも東西に拡がった大きな湾だった。房総半島と三浦半島に囲まれた東京湾から更に入り込んだ入海なので、金沢の海岸は太平洋の荒波が打寄せる事は殆ど無く、浜で貝や海藻を採り、小舟で魚を獲って生活し易く、縄文時代と云われる大昔から人が住んでいたので、貝殻や魚骨などを捨てた跡の「貝塚」が多数見つかり、野島の貝塚は七千年ほど前のもので、横浜市内最古とされている。
野島の南、横須賀の夏島貝塚は更に古く一万年以上前とされ、我国の貝塚の中でも最も古いものの一つとされる。
五千年ほど前には、海面は今より三〜四メートル程高くなったので海が内陸部まで入り込み、釜利谷東の阿王ヶ台公園の辺りには青ヶ台貝塚が、称名寺の近くには称名寺貝塚が見つかっている。
これらの貝塚からはアサリなどの貝や土器、鹿の角で作った銛(もり)や釣針も見つかり、当時の生活が偲ばれる。
更に古いもので百万年前にいたとされるアケボノ象の歯の化石が長浜に広がる小柴層という地層から見つかっているのも興味深い。
海の公園はこれから潮干狩で賑うが、昔から金沢は豊かな自然に恵まれた土地だった。
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