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本牧 気まぐれ歴史散歩 【8】 『小野光景 横濱で残した数々の功績』

掲載号:2018年2月8日号

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小野園があったところ 横浜市三千分一地形図(昭和9年・横浜開港資料館所蔵)をもとに作成
小野園があったところ 横浜市三千分一地形図(昭和9年・横浜開港資料館所蔵)をもとに作成

 横浜商工会議所、横浜商業高校、横浜正金銀行(旧東京銀行の前身)、神奈川新聞、JR横浜線…。小野光景は、これら全部の創設や運営に多大な貢献をし、横浜発展の礎を築いた人物です。現在の長野県出身の小野は、横浜へきて名主を務めていた父の仕事を継いで政治・行政で手腕を発揮しました。また生糸貿易商「小野商店」を経営し大商人としても活躍しました。

 小野は海も富士山も一望できる本牧岬に三溪園を凌ぐ広大な邸宅を構え、敷地の一部は一般開放しました。人々は「小野園」と呼び、憩いの場として過ごしていたようです。崖下に降りるトンネルや50mプールもありました。

 明治41(1908)年10月、「白船」と呼ばれた米国大西洋艦隊16隻が横浜へ来航したとき、小野園で園遊会が開かれたことが横濱貿易新報(現神奈川新聞)に大きく報じられています。当時、日露戦争に勝利し海軍も強靭となった日本は、太平洋の覇権を巡って米国と対峙するようになりました。日米開戦の危機の中、横浜へ向かう白船。しかし日本は大歓迎で白船を出迎える外交戦略をとることで、米国との開戦を回避し、米国との友好を深めたのでした。小野は、本牧岬の自邸でその一躍を担いました。

 次回は小野園の隣、誰もがご存知の三溪園に関するお話です。

(文・横浜市八聖殿館長 相澤竜次)
 

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