町田市立博物館より【10】 お茶碗一個でも... 学芸員 矢島律子
学芸員の仕事をちょっとご紹介―。
とある美術館から大名家に伝わっていた有名な安南茶碗(あんなん・ちゃわん=茶道で使われていたベトナムの茶碗)を拝借したことがあります。他に類のない名碗です。「ぜひとも拝借して展示したい」というわけでした。
学芸員も値踏み…
こういう場合、借りる前にまず出品交渉に行きます。電話や手紙では相手にされません。遠かろうが出掛けて行って、展覧会の内容や借用する茶碗の展覧会での位置づけ、借用の体制などを説明します。あちらの学芸員さんは、説明をするこちらの学芸員の様子を分析して、貸すに足りる展覧会か、信用できる館かどうか値踏みをするのです。たいていは事前に情報網を使ってリサーチ済みで会ってくれるのは脈ありというわけ。いい加減な館に貸すと思わぬ事態が起きる、と用心するのが常識なのです。
事前調査に調書、保険
OKが出たら、借りに行く少し前に、事前調査に伺います。あちらの学芸員立会いの下、実物を拝見し、ひびや汚れ、補修や補彩がないか、など調べて調書を作ります。伝世のお茶碗は、何人もの有名な茶人の手を渡っていることが多く、そういった場合にはその都度、粋を凝らしてあつらえた箱や、持ち主が由緒や銘(一種の愛称)を書きつけた箱書き、仕覆(しふく=茶碗を包む袋)など付属品がいろいろ一緒に伝わっています。それ自体が文化財なので、一緒に借りるとなるとそれらについても調書を取り、保険を掛けるといった具合で大変です。そのときは、お茶碗だけを拝借し、その他は借りないことにしました。
学芸員より茶碗を守る
となると、このお茶碗を運ぶための箱を作ることが必要です。調査でサイズを測ってありましたので、事前に紙箱と木箱を作りました。直径12〜13cmの茶碗のために、40cm角くらいのダンボールの箱を作り、中に綿で作った布団を幾重にも敷いて茶碗を置きます。その周りにも綿布団を回し、上にもかぶせ、箱の中に茶碗が浮いているような状態にします。そして、輸送中に万が一衝突されたときの衝撃に備えて、さらに一回り大きくあつらえた木箱を作り、間に緩衝材を詰めた二重箱にすることにしました。これらを用意して再び借用に伺いました。保険をかけ、学芸員が添乗した美術輸送専用トラックに載せて運びます。学芸員の座る席にサスペンションはなくとも(だからお尻が痛い)、茶碗が納まっている部屋にはエアコンとサスペンションが完備です。
「申し訳ない」日本人気質
大げさだと思われるでしょうか。でも、この茶碗しかないのです。400年前に海を渡って来日し、幾人もの粋人にかわいがられ、ときには天災や戦争を乗り越えて私たちの前にある。私たちがいい加減な感じで扱って壊したら、この茶碗の運命に申し訳ない。これは日本人気質ともいえるようで、制作国にはもう残っていない陶磁器や漆などの工芸美術品が日本に残っていることが多いようです。
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宮司の徒然 其の137町田天満宮 宮司 池田泉12月21日 |
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