対談 被災地の声を大和に届けて 大和市議会議員 古谷田力×町田零二
2011年3月11日、東北地方に甚大な被害をもたらした東日本大震災から間もなく4年が経つ。そこで被災地で積極的に支援活動を行ってきた2人の市議会議員、古谷田力氏と町田零二氏に現地での話などを聞いた。
〈企画製作/古谷田力応援団〉
若者とともに
2人が被災地での活動を始めたきっかけは
町田―3月11日の東日本大震災の直後から、ボーイスカウトとガールスカウトで街頭募金を始めました。その後、福島県からの原発被災者を自宅で受け入れたことから、3月末には福島県いわき市に入って医療ボランティアに従事しました。
古谷田―私は民主党が岩手県陸前高田市に行くというのを聞き、ゆかりもなかったのですが、議員仲間で訪れたのが始まりです。
町田―その後はボーイスカウトやYMCA、キリスト教会などのつながりから岩手県や宮城県にも活動の範囲を広げていきました。2012年以降はなるべく若い人たちを被災地に連れて行き、ボランティアを経験させるとともに、被災地の状況を見てもらいました。
古谷田―私も何度か訪れるうちに、もっと自分なりに被災地の力になりたいと思いました。そこで7月に若者有志を中心に「チーム大和力」を結成し、延べ20回200人以上の若者と陸前高田市のボランティアセンターを訪れました。あの地で活動した経験を、将来の大和市に活かしてほしい。
その後はどのような活動をされたのですか
町田―当初はガレキ撤去などの緊急支援でしたが、時間と共に子ども支援や農業・漁業支援など多岐に渡った活動に移行していきました。現在までに被災地を訪れた回数は通算30回以上になります。
古谷田―ボランティア中に瀬戸内寂聴さんと出会い、共に被災者の方々に寄り添い一緒に活動もいたしました。また母校の大和南高校女子バレーボール部員と被災地に赴き、被災した高校生との交流も持ちました。
自助の精神が必要
現地を訪れて感じたこと、自分たちが変わったことはありますか
古谷田―実際に被災地を訪れて感じたことは、私たちの防災意識の低さ。現地の人とのふれあいの中から意識が芽生えたのか、一緒に訪れたメンバーの中には消防士になった者もいます。
町田―風化させていかないこと、語り継いでいくことが大切だと。被災地でも、昔の大津波の被害を伝え聞いていた人ほど助かったといいます。大和市に津波は来ないかも知れませんが、この経験は今後の日本のために活かしていかなければならないと思います。
それでは大和市に活かしていくべきところは
町田―発災直後は行政にできることに限界があります。それぞれが、自助の精神を持って災害時に想定できることは考えておかなければいけないと思います。
古谷田―そうですね。災害時の集合場所や避難経路の確認、周辺の住人同士でのコミュニティづくりなど、できることは進めておかなければいけません。自治会への加入を促すなど、市や地域で防災に対する姿勢を明確化しておくことが大切なのでしょうね。
風化させない
震災から4年が経ちますが、あらためて思うことは
町田―仙台などは被災の爪跡がほとんど残っていませんが、福島県の復興はまだまだこれからだと思います。
古谷田―陸前高田市は今後かさあげをしていく予定ですが、まだ7割が仮設暮らし。現地で良くしてくれた人が亡くなったりもしており、4年という時間の重さを感じます。
町田―大規模災害は過疎化など、その地域が元々抱えていた問題を加速化させ深刻化させます。ボランティア団体が引き上げた地区などは本当に高齢者しか残されていない。その喪失感は相当大きいと思います。
古谷田―だからこそ行き続けることが大切。顔を見せることで「忘れられていない」と思ってもらいたい。そしてこちらも元気をもらうことができます。
町田―1月に宮城県が一部の仮設に入居期限を設ける方針を打ち出しました。それぞれの被災者にとって「仮設の最後」が、納得のいく次のステップへつながっていくものであるように側面から支援していきたいです。
古谷田力応援団
A:古谷田力事務所 大和市草柳7-10-29
B:町田れいじを支える会事務所 大和市南林間2-12-14-201
A:046-261-7518
B:046-283-3455
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