町田天満宮 宮司 池田泉 宮司の徒然 其の38
ウワバミソウ
ミズとは主に東北で食用とされているウワバミソウの地方名。ウワバミソウの名は単純にウワバミ(蛇)が好む草という意味ではなく、蛇がいそうなジメジメしたところに繁茂するから、これが生い茂っている場所ではマムシなどに気を付けろという注意喚起の意味、つまり山野で仕事をする人の知恵から名付けられたものと推定される。
この草を用いた落語「そば清」は笑いの中にホラーがある。粗筋はこうである。ある町に蕎麦の大食いが得意な人がいて、それを試そうと10枚ならどうかと持ち掛けられ「さすがにそれは無理です」と答えると、「ならば10枚完食したら1両あげよう」と言う。すると彼はペロリと平らげてまんまと1両巻き上げる。悔しい思いをしたその人は後日、またやって来て20枚ならどうかと言う。「さすがにそれは無理です。勘弁してください」と答えると、観念するところを見たいから、また賞金をくれると言う。またしても彼は20枚を平らげて賞金をいただく。こんな話が噂で流れて近隣の町の大食いの人が招かれて、大食いの一騎打ちが設定される。困った彼が山を散歩していると沢筋から悲鳴が聞こえ、まさにウワバミ(大蛇)が人を飲みこもうとしていた。ペロリと人を飲み込んだ大蛇の腹は膨れて苦しそうにしていたが、すぐさま沢筋に繁茂する草をムシャムシャと食べ始めた。すると見る間に腹は萎んで、ウワバミは悠然と去って行った。腰を抜かしながらも一部始終を目撃した彼は気づいた。あの草は強力な消化促進剤なんだと。彼は青々と茂るその草を採って懐に入れ、「これで強敵に勝てるぞ」と意気揚々でその日を迎えた。たくさんの人が見つめる中、蕎麦の大食いが始まり両者共に枚数を重ねるが、さすがの彼も勢いが落ちるほど対戦相手は強い。そこで彼は「ちょっと隣の部屋で休憩してきます」と言って中座。いよいよあの草の出番だ。彼は蕎麦で膨らんだお腹をさすりながら、沢筋で採ってきた草をムシャムシャと頬張った。さて、彼を待っている会場の人たちがざわつき始めた。「遅い。彼は降参したのか」というわけで隣の部屋に彼を呼びに行くと、静かな部屋の縁側に、蕎麦が着物を着て座っていた。というオチで終わる話だ。つまり、ウワバミが食べていた草は消化促進剤ではなく、人を溶かしてしまう草だったという怖い話である。
おそらく、ウワバミソウという名がこの話を作ったのだろうが、実際のウワバミソウは東北ではメジャーな山菜だ。関東の沢筋や湿気の多いところでも生えているが、東北地方のものは種類が違うのではないかと思うほど大型で、太さはフキくらいあるから食用としても効率が良い。写真【1】は群馬県の榛名神社の参道沿いで撮ったが、背丈は20センチほどで、とても食用になる大きさではなかった。利用できるのは葉を取り除いた茎で、大きいほどスジ取りが手間だが、おひたしにしても少し酸味のあるシャキシャキした歯ごたえは、山菜としても上位の食味だ。根本付近の赤い部分を叩いて擦れば強い粘りが出て、出汁醤油で味付けをすればミズトロというとろろ芋のようになり、僅かな酸味で喉越しがよく、ご飯にかければ夏の食欲のない時などにはうってつけだ。
神社境内を歩いてみても、勝手に生えて放置すると大変なことになる雑草の中には、美味しくいただけるものが多い。ツユクサ、タンポポ、スベリヒユ、ノビル、ヨモギ、ツルナ等々。畑の縁に生い茂るスベリヒユ(【2】)はマツバボタンの仲間で雑草扱いだが、茹でて食べてみるとモロヘイヤのような粘りがあり、クセもなく美味しい。実際これの大型な近縁種タチスベリヒユは海外で野菜として作られている。
海岸部に多いツルナ(【3】)は、沖縄などではハマホウレンソウまたはハマナと呼ばれ、家庭の食材として普通にある上に、売っているのではなく庭に勝手に繁茂する。葉も茎も肉厚で美味しい。
飽食の時代に育って今更こんなことを言うのもおこがましいが、日本は地味に暮らせば食料自給率は輸入に頼らなくともいける気がする。海外からの輸入によって日本の農業や畜産業や漁業が厳しくなっている現状で、国内のものだけで食を賄う、つまり大きな意味での地産地消が可能な気がしてならない。過保護で増えすぎて困っているエゾシカ、ニホンジカ、勝手に繁殖を続けている千葉のキョンなどももっと上手に食べるべき。
|
|
|
|
宮司の徒然 其の137町田天満宮 宮司 池田泉12月21日 |
|