外面から続く新春インタビュー 夢を叶えるために 尾崎好美さんからのメッセージ
新年の幕開けにあたり、タウンニュース足柄版では元マラソン日本代表の尾崎好美さん(第一生命、山北町出身)に単独インタビューを行った。尾崎さんは昨年第一線から退いた選手生活を振り返るとともに、オリンピック出場から得た経験や夢を実現する気持ち、地元への想いなどを語った。
新たな年を迎えて「今年こそ夢に向けてがんばろう」「目標を目指していこう」と思いを新たにしている地域の皆さんも多いことかと思います。2012年のロンドンオリンピックで女子マラソンの日本代表として出場された尾崎さんから夢を実現していくにはどうしたらいいのか。気持ちをどう持ち、どう取り組めばいいのか、などを伺いたいと思います。
―尾崎さんが陸上を始めたのはいつ頃で、オリンピック出場のことは当時から考えていましたか。
「本格的には高校からです。なんとなくオリンピックのことは頭にありましたが、当時はその日その日のことに追われていて、オリンピックはまだまだ遠い夢でした。1、2年生の頃は高校で走るのは終わるのかなと思っていましたが、3年生になってから『あ、まだ続けたいな、走り続けたいな』という気持ちになって、卒業アルバムには『オリンピックに行く』と友達に書いていました」
「始めるのに遅いということはない」
―第一生命女子陸上部に入部され、素晴らしい実績を残されましたが、結果を出すためにどのように目標を設定していましたか。
「もともと負けず嫌いな性格で、最初は第一生命のチームの中でも一番タイムが遅かったので、まずは『同期の中で一番になりたい』から始まって、次はチームの中で、次は日本一と、まずは目の前に目標を掲げて1つずつクリアしていきました」
―ケガなど壁にぶつかった時はどのように乗り越えてきたのでしょうか。
「もともとの性格もあると思うのですが、ケガをした際には監督に出された練習メニューをこなすしかないなと思っていましたが、監督には『こんなに素直にできる選手はそんなにいないよ』と言われて、自分では当たり前だと思ってやっていたことが実はなかなかできないことだったのだと自分でも驚きました」
―オリンピック出場を決めた大会にはどのような気持ちで臨んだのですか。
「(代表選考会は)3回目の挑戦でしたし、もう後がなかったので逆に開き直って意外と気楽にできました。『3回目の失敗はしたくない。やるしかない』というシンプルな気持ちだったので、レース中は苦しささえも楽しかったという印象しかなかったです」
―オリンピック本番では現地や地元で多くの人がが応援していました。
「せっかく応援していただいたのに結果が出せなかったので、申し訳ないという思いがありましたが、逆に皆さんから『ありがとう』という言葉を言ってもらえて本当に嬉しかったです」
―2020年の東京オリンピックが決まりました。現在、足柄上地域でも尾崎さんのようにオリンピック出場を夢見て活躍している子どもたちがいます。
「やはり東京オリンピックが決まったというのはとても大きいと思います。自分の国でオリンピックが開催されるというのは自分が生きている間に二度とない貴重なことだと思います。自国開催のオリンピックに私の地元である足柄地域の子どもたちが出場してくれたら嬉しいです。もちろんオリンピックでなくても、自分の得意なもの、やりたいと思うものに対して目標を持って自分が納得するまでやりきってほしいです」
―足柄地域の人達へメッセージをお願いします。
「何かを始めるのに、遅いということはないと思います。年齢に関係なく、何歳からでも始められると思うので、やる前からあきらめたりしないで、失敗を恐れずにいろいろ挑戦してほしいです」
―夢を叶えるための秘訣というのはありますか。
「やはり気持ちを強く持つことは大切ですが、走り続けるのは疲れてしまうと思うので、時には立ち止まって休んでメリハリを持ってやってほしいと思います」
―今日はありがとうございました。ますますのご活躍を期待しています。
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