「作る喜び、とられちまった」 戸塚町に越した福島の秋山さん
タケノコがたくさんとれる裏山。向かいにある畑。そばには池もある。たくさんの親戚や友人を自宅に招いて、母の誕生日の8月15日には毎年必ず、夏祭りをやった。みんな笑顔だ。
秋山政三(まさみ)さん(76)は目を細め、写真を眺める。東京電力福島第一原発から10Kmに位置する富岡町に住んでいた。今は、妹の夫、岸廣一さん(63)の借家(戸塚町)に住んでいる。
そこには何もなかった。地震発生翌日の海岸線。よく散歩していた。20軒以上はあっただろう家は全て流されていた。「ぞっとしたなあ。あの光景は。頭が総毛だつっていうか。思い出すと、今でも胸がざわざわする」
写真には、祭りの盛り上がりをよそに遠くを眺める犬がいる。つぶらな瞳がかわいい愛犬「マック」。ビーグルの雑種だ。すぐに避難したため、秋山さんがマックと再会できたのは地震発生の19日後。やせ細り、目には恐怖をたたえていた。老犬のため土間から動けなかった。倒れた植木鉢。空腹のあまり土を食べていた。
秋山さんのひざの上で、安心した顔のマック。目にも輝きを取り戻した。「あの顔が、最後のお別れだったんだろうなあ」。マックは4月4日に亡くなった。
10年前まで、建設会社に勤めていた秋山さん。たくましい肩が、長年の労働を思わせる。その後も稲作をやり、汗を流していた。その傍ら、農業仲間と旅行に行ったりして、余生を過ごしたかった。足が不自由な妻の典子さん(72)は、お茶飲み友達3人とずっと仲良く過ごしたかった。そんな2人のささやかな願いは、一瞬で絶たれた。
「暇で暇で」。仕事が好きな秋山さんには今が苦痛。「これから田んぼに鴨を放してな、またその鴨がかわいくてなあ。…収入よりも何よりも、作る喜びをとられちまった」
秋山さんと岸さんは、恒例の夏祭りについて、「今年は戸塚でやるか」。岸さんは、横浜の花火を見せたいとも思っている。
※連載「つなぐ」の毎号掲載は今回が最後です。今後、趣旨に沿う取材をした際に、随時掲載します。
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