元日本代表サッカー選手で「でんえん蹴球塾」(仮称)の立ち上げメンバー 水沼貴史さん 区内在住 51歳
笑顔とサッカーの伝道師
○…現役時代は「日の丸」を背負った日本代表メンバーとして、華麗なプレーで観客を魅了した。引退後も母校・法政大学のコーチや横浜F・マリノス監督に就任するなど、やはり「サッカー」抜きでは語れない。現在はサッカー解説や大学講師を務める。来月から本格始動する「でんえん蹴球塾」(仮称)のメンバーとして、中学生のレベル向上を図っていく。「17年住んでいる青葉区で何か恩返しができれば」と笑顔を見せる。
○…埼玉県浦和のサッカーが盛んな町に生まれる。高学年時、サッカーの本場・静岡県藤枝のチームと交流戦を行った。「自分もそこそこ出来ると思っていたけど、静岡には上手いやつがいっぱいいた」と自分の力量を痛感する。悔しさをバネに、全体練習以外でも一人でボールに触れ技術を磨く日々が数年。「ボールもスパイクもぼろぼろになるまで練習した」と泥臭い努力を積み重ね”天才ドリブラー”が誕生した。中学3年の全国大会では藤枝中に勝ち優勝。「メチャメチャ嬉しくて、ガッツポーズが出た」と日本一に酔いしれた。
○…日本サッカーの地位を向上させ、人生を変えたかった―。現役時代は観客も少なく、プロ契約している選手も多くなかった。だからこそ「全力でプレーし、サッカーをPRしなければ」と情熱に燃えていた。日本の存在をアジアに知らしめることが出来る「日韓戦」。1970年代から10年以上、アウェイ(韓国)で勝てなかった日本代表。84年、値千金の決勝ゴールを決めた。「スタジアムが静まり返った、あのゴールは忘れられない」と、日本サッカー史を変える1点となる。
○…昨年から10回以上、東日本大震災の被災地を訪れている。「少しでも被災地の子どもたちに本当の笑顔を取り戻して欲しくて」とスポーツを通じたボランティア活動を行う。笑顔を伝える役目とサッカーを伝える役目。「人として今やるべきことをしていきたい」と前を見据える。
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