戸塚区版 掲載号:2015年8月13日号 エリアトップへ

戦中・戦後を生き抜いた戸塚区民が語る 語り継ぐ戦争の記憶 ―失われた感情―

社会

掲載号:2015年8月13日号

  • LINE
  • hatena
横浜大空襲を生き抜いた月野和さん
横浜大空襲を生き抜いた月野和さん

 1945年5月29日。関東学院(南区三春台)の中学部1年生だった月野和陽右さん(83)=俣野町在住=が空襲警報のサイレンを聞いたのは、登校後間もなくのことだった。

 昼間の発令は珍しかったものの、度重なる出来事にもはや慣れっこ。「いつものこと」と驚きもしなかったが、この日は様子が違った。横浜市に向けて数百もの敵機が飛来してくるという情報が入ったのだ。

 軍事教練の指導者として学校に配置されていた将校の指示で、生徒らは敷地内の防空壕ではなく鉄筋コンクリート造の校舎の地下へ避難。にわかに緊迫感が走るなかでも、気持ちは穏やかだった。「神風が吹くから日本は絶対負けない。学校で教えられてきたことを信じ切っていた」 

 だが、まもなくして豆がザラザラとまかれるような音が外に響き始めた。上級生に教えられたその正体は焼夷弾。近隣住民の避難場所だった校舎には、水に浸したかいまき(袖付きの寝具)をかぶった人たちが熱風とともに次々と逃げ込んできた――。

 約一時間後、飛行機の気配がなくなったので外へ出ると、そこには火傷を負った大勢の人がもだえ苦しみ、医務室の看護師たちが駆け回っていた。生き地獄と化したなか、「木製だから燃えるかもしれない」と防火水槽からバケツリレーで教室の机に夢中で水をかけ、倉庫に焼け残っていた配給米を食べた。「焦げ臭くて仕方なかったけれど、それ以上に腹が減っていた」

 正午前、まだ火がくすぶる焼け野原を数えきれないほどの死体をまたぎながら家路についた。木材や衣類、汲み取りトイレ、あらゆるものが燃え、辺り一面に立ち込める不快な臭い。さまざまな形の火ぶくれした焼死体。だが、そんな凄惨な光景にも「何も感じなかった。人間としての感情が入り込む余地など1%もなかった。今思えばあれが戦争の心理だった」。

 白昼の大空襲で、推定8000人から1万人の命が失われた。

平成横浜病院

ヘルスケアセミナー5月18日(土)「排泄って大切!」参加無料・先着50名

https://yokohamahp.jp/

フォーラム映画上映会

横浜市戸塚区上倉田町435-1 045-862-5056

http://www.women.city.yokohama.jp/

<PR>

戸塚区版のローカルニュース最新6

戸塚駅で「音楽の街づくり」

ストリートライブ

戸塚駅で「音楽の街づくり」 文化

次回は6月18日

5月26日号

鎌倉武士の活躍に迫る

戸塚見知楽会

鎌倉武士の活躍に迫る 文化

6月18日 区庁舎で講演会

5月26日号

活動報告をデジタル化

横浜市消防団

活動報告をデジタル化 社会

負担減へ一部先行導入

5月26日号

科学の楽しさ 子どもに

科学の楽しさ 子どもに 教育

NPOがスタッフ募集

5月26日号

舞岡地区センで体力測定

舞岡地区センで体力測定 社会

6月12日 介護相談も

5月26日号

サツマイモの苗植え

秋の楽しみ…

サツマイモの苗植え 教育

しらかば幼稚園児

5月26日号

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 5月26日0:00更新

  • 5月19日0:00更新

  • 5月12日0:00更新

戸塚区版のあっとほーむデスク一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

戸塚区版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2022年5月26日号

もっと見る

閉じる

お問い合わせ

外部リンク

Twitter

Facebook