今年も、鎌倉に桜が花開く季節がやってきた。毎年この時季には、市内各地でさまざまなイベントが開催される。本紙は今回、1973年に若宮大路に桜を植えたのを皮切りに、これまで各地に約1700本を植樹してきた「かまくら桜の会」の協力の下、観桜会などの催しを紹介するほか、鎌倉の桜が持つ魅力を紐解いていく。同会の高柳英麿会長に、市内の桜にまつわる歴史を聞いた。
鎌倉でかつて行われ、桜を愛する多くの人たちの人気を博したイベントに「かまくら桜まつり」がある。同会によると、この祭りの始まりは1946年4月。戦後、復興の声の高まりとともに、鶴岡八幡宮の池のほとりで初めて開催されたという。
「戦争で疲弊したたくさんの市民が、楽しみにしていた一大行事だった。戦後の開放的な雰囲気と相まって、住民にとっては、未来への希望を抱かせるようなイベントだった」と高柳会長。この祭りはおよそ10年続き、その後の鎌倉市観光協会の発足につながっていった。
桜がつなぐ鎌倉・京都
鎌倉の桜の歴史を紐解くと、古都・京都との深いつながりが見えてくる。高柳会長によると、「サクラの文化史および分類学的研究について」をまとめたソウル大学のウィーベ・カウテルト氏が、「室町時代の1357年に、京の御所に鎌倉の桜が植えられた」と記述しているという。
この桜は、「鎌倉から運ばれてきた大島系の『桐ヶ谷』であり、香りが良く、大きい花が政治的象徴として存在していた」という。
高柳会長は「現在の材木座が原産の桐ヶ谷桜は、京では『御車返し』とも言われ、後水尾天皇がその花のあまりの美しさに、巡行した車を戻した故事は有名です」と語る。
また、桐ヶ谷が植えられた後、「同じく桜の品種である『普賢象』が都に入ったと思われます。普賢象は、鎌倉の桐ヶ谷にあった普賢堂の前から生まれたと言われており、最も古い里桜の代表です」と高柳会長。花の中心部にある雌しべが外に曲がり、普賢菩薩の乗っている象の鼻に似ていることから、この名が付けられたという。
鎌倉と京都の桜の交流・交雑が始まり、長い年月を掛け、色々な品種が生まれていった。高柳会長は「鎌倉の桜に秘められたこうした歴史や、鎌倉時代、室町時代に行われた京都との交流を大切な記憶として若い方々に伝えていきたい」と話している。
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