戻る

高津区 コラム

公開日:2020.04.17

郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる
まちのこぼれ話
第11話 その1 沼田忠男さん

  • 橘小学校(手前)と橘中学校(奥)

◆子どもの頃の思い出



このあたりは静かでしょう。近くに幹線道路もないし、閑静で住みやすいところですよ。前に住んでいた家は築百年でした。ずっと蟹ヶ谷に住んでいます。昔はここから武蔵中原の駅が見えましたね。私は五人兄弟の長男です。昔はどこも農家でね。蟹ヶ谷には15〜16軒の家がありました。昭和30年代に都市化されて家や工場が増えたりするのですが、それまではひっそりとした田舎でしたね。子どもの頃は家の周りや畑や山で遊びました。ベイゴマやメンコ、山ではチャンバラごっこをしてね。でも農家でしたから、日曜日は家の手伝いです。うちでは米のほかトマト、きゅうり、茄子、ほうれん草、大根、小松菜などの野菜を作り、市場へ運ぶ手伝いをしました。リアカーの後押しです。市場は沼部(大田区)そして新丸子にありました。車がないから歩くしかないのですが、山で遊んでも、家の手伝いはよくしたものです。牛も一頭飼っていました。米作では牛を田んぼに入れて力仕事をしてもらうのです。ただ牛は繋いでも逃げようとするから大変でしたね。エサも与えないといけないし肉体労働でした。

 

    ピックアップ

    すべて見る

    意見広告・議会報告

    すべて見る

    高津区 コラムの新着記事

    高津区 コラムの記事を検索

    コラム

    コラム一覧

    求人特集

    • LINE
    • X
    • Facebook
    • youtube
    • RSS