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郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる まちのこぼれ話 第17話 その3 森 正さん

掲載号:2020年12月25日号

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◆戦後しばらくはバラックに住む

 家が焼けてしまったので、今の交番前にあるハナシロという電気屋さんのあたりに焼け残った家作(貸家)があってそこを借りて住み始めました。そのうちバラックの小屋を焼け跡に建てて、結構早く家は再建しました。蟹ヶ谷や久末の畑は軍用用地として無線塔を建てるために買い上げがあって、その時に得たお金が少しあったのかもしれません。食糧難の中、生産したものが高く売れたことも再建を早めたんだろうね。

◆仕事は私の道楽

 田んぼは家の近くに、畑は蟹ヶ谷にありました。今、田んぼは無くなりましたが、蟹ヶ谷の畑は今も耕していますよ。山の上、今ある明石穂団地の近くの畑には坂道をリヤカーを引いて行きました。戦争前は、小松菜やネギなど葉物類をひととおり作っていて、戦争中は供出もあって、サツマイモやムギ、オカボ(陸稲)が中心になりました。私は負けず嫌いで、中学生のころから「親父に負けてなるものか」と、鍬でサクを切れるように意地になってやっていました。

 昭和25年頃から役牛の牛を1頭飼っていて、田んぼのすき起こしから私が全部やりました。牛が思うように動いてくれるまでが大変でね、でも牛はかわいかったよ。牛がいない家に牛を貸してあげたりもしてました。豚も飼ってました。産まれたばかりの豚もかわいかったなあ。当時、千年、子母口では養豚をやっている農家も何軒かありました。野菜などの出荷は武蔵小杉の精養軒の近くに市場があって行きました。私が小さい時は太陽幼稚園の入り口あたりにも市場があったけどね。お正月も、鍬や鎌など道具の手入れや、牛が田んぼで滑らないように履かせるわらじをいくつも作ったりしてあまり遊んだ記憶はないんです。これが当たり前。私は夢中でやった結果として得られる収穫の喜びが一番で、売れる値段は二の次なんです。仕事が私の道楽です。そういえば、仕事の合間に食べた山いちごはうまかったなあ。今のたちばな幼稚園の脇の旧道をあがったあたりにあったんです。
 

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