長崎県出身の被爆者で、11月15日の「中原・平和をねがう原爆展」で講演する 陣川 幸子さん 上平間在住 82歳
核無き世界へ祈り込め
○…9歳の夏休み、2人の妹と自宅の庭で遊んでいた時、爆風で吹き飛ばされた。爆心地から湾を挟んで南に7Km、遮るものは何も無かったが家を背にしていたことで一命を取りとめた。「近所のおじさんに手を引かれ防空壕へ逃げてね。翌朝外に出ると、腕がもげた人、皮膚が垂れた人、黒くこげた人――。まるで絵に描いたお化けのようだった」。その光景は今も脳裏に焼き付いている。
○…同じ被爆者だった夫が10年前に他界。故郷を離れるつもりはなかったが、心配する娘に押され5年前に川崎へ移住し娘と同居生活に。長崎では被爆者として活動はしていなかったが、一昨年に焼津市で行われたビキニデーに参加したことが転機に。「学生さんが『我々は被爆者から体験を聞く最後の年代』だって。核の無い世界のために話さんばいけん」と。以降、原爆被災者の会のメンバーとして横浜や川崎などで講演を引き受け、先月には都内でラジオにも出演。15日の原爆展でも体験談を語る予定だ。
○…娘夫婦と大学生の孫との4人暮らし。「平日はみんな仕事や学校で、私は家事担当の主婦。だから土日はご褒美のお出掛け」。鑑賞が趣味で、歌舞伎、オペラ、芝居、美術館など仲間と足を運ぶ。スポーツジムで汗を流すのも好きで娘から心配されることも。「歳だから無理はしないように自分に言い聞かせているけど、外に出ることが元気の源だから」。その前向きさが若さの秘訣だ。
○…被災地が復興を遂げたから終わりではない。放射能の影響で亡くなった人、偏見で就職や結婚ができなかった人も数多く見てきた。それでも世界にはまだ核兵器がある。「本当に恐ろしいこと。世界がどうなっていくか関心をもってほしい。ゲームではない。若者に委ねるしかないから」。
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5月3日
4月26日