硬式野球部の主将で、横浜DeNAベイスターズへの入団が決まった 山下 幸輝さん 国学院大学4年 21歳
白球追い「泰然自若」
○…10月のプロ野球ドラフト会議当日、地元横浜の球団から5位指名を受けると、ほっとした表情を浮かべた。脳裏に浮かんだのは、小6のとき亡くした母親と、ここまで育ててくれた父親の顔だ。喜びに沸く仲間に囲まれながら、人目もはばからず涙を流した。「1軍に定着して、日本一に貢献したい」。支えてくれた人への感謝を胸に、恩返しを誓う。
○…兄の影響で小1のとき、軟式野球を始めた。「ただ楽しくて。走るのも練習もあまり好きじゃなかった」。小柄で力もなかったが「やるなら硬式がいい」と中学時代は君津シニアへ。関東第一高では3年夏に甲子園に出場し、1番打者として本塁打2発を放つなどベスト8に貢献した。引退後、9月に参加した国学院大の練習で出会ったのが、その夏、東東京大会決勝で下した修徳高の元指揮官で、同大に赴任したばかりの鳥山泰孝監督だ。「1年から試合に出たいか」。期待の言葉を胸に、新生活が始まった。
○…大学では三塁手に定着するも、緊張に悩まされ、公式戦で打てない日が続いた。「ホームランを打ちたくて欲張ってた」。2年春以後メンタルトレーナーをつけ、成功イメージを描けるようトレーニングを開始。チームを勝たせるために何をすべきか考えるようになった。持ち味の豪快なスイングに加え、状況に応じた打撃で打率も上昇。3年では鳥山監督から主将に指名され、100人近い部員のまとめ役に。「発言は苦手だったけど、仲間を気にかけるようになって。心に余裕ができた」。今春の東都大学野球1部リーグ、亜細亜大戦では延長10回にサヨナラ満塁弾を叩き込むなど結果を残し、一気に注目度を上げた。
○…出身は千葉県。祖父は漁師で、海へ行っては魚捕りや釣りに興じた頃も。今は、時間があると合宿所そばのたまプラーザ駅周辺にぶらりと出かける。他人に流されず、自然体を貫く姿はずっと変わらない。「40歳を過ぎても現役でいたい」。夢を掲げ、歩み始める。
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