東寺尾図書館地域で育み65歳 交流拠点として定着
東寺尾中台にある東寺尾図書館が、この8月に65周年を迎える。同館は、地域で運営されている私設の図書館。単に本を利用するだけではなく、住民の交流の場としての役割も果たしてきた。
GHQの民主化
東寺尾図書館は、1949年8月に「中部子供図書館」として、地元のPTAらによって創立。終戦から4年が経った当時、日本はアメリカのマッカーサー率いる連合国軍総司令部(GHQ)の占領下にあった。GHQは、日本の民主化への手立てとして、国内に不足していた図書館設置を全国的に勧めていた。GHQの方針を受け、横浜市がPTAに指導したことが、同館建設へとつながった。
住民から借りた物置小屋で、寄贈図書40冊からのスタートだった。
同館の東海林瑛子副館長は、「市内でも文庫コーナーようなものは結構多くできたと思うが、当館のように今も続いているところは少ないのでは」と話す。
子どもへ本を
53年には、GHQから払い下げられた郵便局を現在の場所に移設し、物置に代わる「新館」が建設された。 建設に向けて、住民は自ら寄付を集めるための建設運動を起こした。建設地の土地の崖の掘削や整地も、地元の大人から子どもまでもが汗を流したという。
人々の熱意について、「親は子どもにいい本を読んでほしいという願いがあった」と東海林副館長は語る。
長い戦争からの解放感も、人々の意欲を後押ししたのではないかと運営メンバーは推測する。母も図書館運営に携わった加藤典子副館長は、「生前母はほとんど家におらず、昼も夜もいつも図書館。新しい生きがいを見つけたようだった」と振り返る。
66年からは名前も「東寺尾図書館」に改められた。
「ふれあい」創出
創設以後、同館は今日まで住民たちの手で運営されてきた。古くから本の貸し出しだけではなく、料理・手芸講習会や運動会、バザーなど、様々な行事が企画され、地域の人々の集いの場として親しまれてきた。
「図書館には、世代を超えて交流できるチャンスがある。もしこの図書館がなかったら、この地域の人々がふれあう機会はないと言ってもいい」と運営メンバーは口をそろえる。
人材や資金難も
同館の利用は世帯単位で登録する会員制。建物の修繕などに必要な運営資金は、会費やバザー収益などでまかなわれている。
公共図書館の普及や新刊購入の予算が限られていることもあり、図書の一般への貸し出しは現在は行われていない。「若い人材や資金の確保などで苦しさもあるが、創設に関わった人々の思いを引き継ぎ、地域の輪や絆を深める場を守り続けたい」と運営メンバーは話している。
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つるぎん27日に4月25日 |
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