南区などに住む来日直後の子のための日本語支援拠点施設で“校長”を務める 出川 進さん 中区山田町在勤 61歳
子どもの笑顔がやりがい
○…南小学校など、小中学校の校長を8年経験。定年を機に「やらせてください」と就いたのが、主に南区や中区に住む、来日間もない児童・生徒が約1カ月間、学校のルールや習慣を学びながら日本語を習得する、市教委による日本語支援拠点施設「ひまわり」の統括責任者。堅い役職名の代わりに生徒やスタッフからは”校長”と親しまれる。自らも12年ぶりに「わくわく理科授業」として教壇に立つ。「期間は短くても皆『教え子』。子どもが学校を心の居場所と思えるようになってほしい」と親心を見せる。
○…神奈川区出身。中学時代の恩師に勧められ、教師の道へ進んだ。最初に赴任した金沢中でいきなり1年生の担任に。「周りの先生がスペシャリスト。夜遅くまでいろいろ教えてもらった。子どもたちにも助けられた」と振り返る。教員生活一番の嬉しさ、子どもの笑顔を見た瞬間。「苦しいことはあるが、全部吹き飛ぶ瞬間ですね」
○…拠点施設があるのは校長を務めた旧富士見中学校の跡地。「この地に戻って来られたことを光栄に思う」と感慨深い。統合に伴い、1年間の吉田中勤務を経て横浜吉田中の初代校長に。「決して忘れることはない」のが校歌にまつわる秘話。「校歌を作りたい」という想いに地域の関係者が奔走。吉田中卒業生でサザンオールスターズの原由子さんにつないでもらい、作曲を依頼。青山・ビクタースタジオでの校歌録音も実現し、同校初の卒業式で披露された。「統合で子どもたちも大変だったが、皆さんの温かい想いで包まれた。地域の人に支えられているという、温かい思い出」と目頭を熱くする。
○…妻子と追浜に暮らす。定年後「何か趣味を」と始めたのはウォーキング。自宅の周りを1時間ほど金沢方面へ歩いていく。「そうすると教え子の店があって。ビール飲んでいけって言われちゃうんですよね」。教え子への愛情は月日が経っても変わらない。
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