鎌倉版 掲載号:2020年4月3日号 エリアトップへ

鎌倉のとっておき 〈第82回〉 鎌倉と御家人〜茂木氏〜

掲載号:2020年4月3日号

  • LINE
  • hatena
茂木城跡から市街地を望む景色
茂木城跡から市街地を望む景色

 源頼朝が鎌倉に武家政権を樹立すると、御家人達が集住し、やがて各地の所領と関係を深めていった。今回取り上げる茂木氏も鎌倉に勤仕していた一御家人である。

 茂木氏は、鎌倉幕府創成期の有力御家人八田知家の子・三郎知基を祖とする。知基は父より下野国(現在の栃木県)の茂木郷を譲り受け、桔梗城(今の茂木城跡)を築いたといわれる。また武芸に優れ、「吾妻鏡」の建久6年(1195年)8月16日条に、鶴岡八幡宮で行われた流鏑馬において、頼朝から16人中11番目の射手に選ばれたと記録されている。さらに承久3年(1221年)に勃発した承久の乱でも活躍し紀伊国賀太庄(現在の和歌山加太)を与えられた。下野国茂木郷は代々子孫に相伝され、茂木氏が残した茂木文書には、茂木郷の所領を鎌倉幕府が安堵した正嘉2年(1258年)12月2日付け、宗尊親王の将軍家政所下文が伝わっている。茂木氏による茂木郷の統治は、鎌倉時代から戦国時代の終わりまで400年に及ぶ。これほど長期にわたる支配は全国的に見ても珍しい。地域を守り抜いた御家人だといえる。

 茂木氏ゆかりの茂木町は、城跡を中心とした市街地が広がり歴史的な風情を今に伝える。鎌倉時代にはじまる各地とのつながりもまた歴史の魅力である。

浮田定則
 

鎌倉版のコラム最新6

鎌倉と御家人〜茂木氏〜

鎌倉のとっておき 〈第82回〉

鎌倉と御家人〜茂木氏〜

4月3日号

故・山口淑子と鎌倉

鎌倉のとっておき 〈第81回〉

故・山口淑子と鎌倉

3月27日号

国宝を訪ねて

鎌倉のとっておき 〈第80回〉

国宝を訪ねて

3月20日号

護良親王の兜

鎌倉のとっておき 〈第79回〉

護良親王の兜

3月13日号

鎌倉春ごよみ

鎌倉のとっておき 〈第78回〉

鎌倉春ごよみ

2月14日号

「病気平癒(へいゆ)」を願って

鎌倉のとっておき 〈第77回〉

「病気平癒(へいゆ)」を願って

1月31日号

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 3月27日0:00更新

  • 3月20日0:00更新

  • 3月13日0:00更新

鎌倉版のあっとほーむデスク一覧へ

最近よく読まれている記事

バックナンバー最新号:2020年5月29日号

お問い合わせ

外部リンク