建長寺で平家物語をテーマにした版画展を開催している 井上員男(かずお)さん 浄明寺在住 82歳
諸行無常の世界を描く
○…「平家物語」の世界を、紙凹版という独自の技法で描いた版画展を、8日まで建長寺で開催している。我が世の春を謳歌する平氏が清盛の死を境に没落し、ついに壇の浦で滅亡する―。運命の流転、諸行無常を描いた壮大な物語を12の場面に分け、1幅3mを超える屏風仕立ての作品としている。「畳に座りながらでも、じっくり楽しんでもらえれば」とほほえむ。
○…香川県出身。幼い頃から絵を描くことが好きで、学生時代は美術部で腕を磨いた。当初は水彩画や油絵も制作していたが「自分にあっていた」と38歳で版画を始めた。以後、美術教師として高校に勤めながら、人形浄瑠璃や草花などに題を取った作品を制作。転機は46歳の時、平家物語を題材とした歌舞伎を見たことだ。一の谷の合戦で、わが子と同じ年頃の平敦盛の首をはねなくてはならかった熊谷直実の姿に「衝撃を受け」その世界を表現する作品の制作に取りかかった。資料集めのため教師の職を辞し47歳で上京。着想から15年近くをかけ、1993年に全12場面を完成させた。
○…富士川の戦いで芦原から飛び立った数万羽の鴨、合戦場で刃を交える武士たちなど、細部に至る緻密な描写はある種の狂気まで感じさせる。制作中は文字通り寝食を忘れて物語の世界に没頭。「心は800年前の武士とともにあった。妻に言わせると当時は恐ろしい表情をしていたらしい」と苦笑い。世界観を正確に表現するため、舞台となった場所には必ず足を運んだ。「悲惨な史実の中に強い人間の姿がある。それを表したかった」と静かに語る。
○…作品制作の参考に、と見始めたオペラ鑑賞が趣味。「体が弱って劇場にはなかなか行けない。昔は地方公演が沢山あったんだけど」と懐かしむ。妻の実家が極楽寺にあった縁から2年ほど前に鎌倉へ。現在は日本の城シリーズ最後の1作・大分県岡城の制作に力を注いでいる。