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「土木事業者・吉田寅松」【3】 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

掲載号:2020年6月11日号

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家業を弟に譲り江戸に出る薩摩藩御用商人に

 横浜に出て材木の商いに失敗したことで、負けん気の強い寅松は、河村瑞賢や紀伊国屋文左衛門のような大商人になりたいという思いをさらに強く抱くようになった。寅松から、「家は弟に譲って江戸に出て商売をしたい」と打ち明けられた母は、寅松の決心を止めることはできないことも悟っていた。

 「独立して大業を起こそうという、おまえの心持ちは、まことに立派で喜ばしいことである。おまえは、大業を成すことができる人間だということは、私も信じている。しかし、何事も盛んな時ばかりではなく、衰えることもある。この道理をわきまえて、進む時は大いに進み、退かなければならなくなったら、その機会を逃さず退き、守るべきものはしっかりと守り、手放さなければならないときは、千金も惜しんではならない」と、母は教え諭して、涙を振り払って寅松の門出を見送った。

 寅松は、家業を弟に譲り、知人を頼って江戸に出た。寺子屋師匠の「己を欺かず、実直であれ」という教えと、「道理をわきまえ、決断の時期を見失うことのないように」という母の訓戒を堅実に守り、商売に励み、三田の薩摩屋敷の出入り商人となった寅松は、薩摩藩だけでなく諸家の用達もするようになった。

 商いが軌道に乗り始めた慶応三年、薩摩屋敷の焼き討ち事件に遭遇し、寅松の資産も全て烏有に帰してしまった。薩摩藩の用達しをしていた寅松は、幕府方から追われるようになり、しばらくは芝浜松町の鋳物業の老舗、釜屋に身を隠し、一陽来復の時期を待った。

 慶応四年(一八六八)の戊辰戦争で、寅松は、西郷隆盛に従い、兵器弾薬兵糧の用達を請け負った。官軍輜重の任務を全うしたことで、明治新政府が誕生してからは、兵部省ご用達商人となり、事業家として盤石の基礎を築いていった。

(次回に続く)
 

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