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「土木事業者・吉田寅松」【5】 鶴見の歴史よもやま話 鶴見出身・東洋のレセップス!? 文 鶴見歴史の会 齋藤美枝 ※文中敬称略

掲載号:2020年6月25日号

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合資会社を設立 外資導入で工事着手

 埋立て許可が下りた明治三年九月、寅松は、吉田常次郎と横浜商人四人に出資を募り、福島長兵衛、熊谷伊助、橋本弁蔵、中村総兵衛の六人で、蓬莱町の寅松宅を事務所とする、合資会社「吉田方会所」を設立し、その後、吉田新田埋立会社と改めた。

 三十万円余の巨額資金は、居留地一番地に商館を構えるアメリカ人実業家ウオルスホールから年二割四分の利子で借りた。合資会社の設立や民間人が外国資本を導入することは、当時としては珍しいことだった。

 ウオルスホールからの資金を得て、明治三年十一月、埋立工事に着手した。

関内の土地生み出す

 固い岩盤の山を削り、運河を造る難工事を進めるなか、豪雨に襲われ、浸水被害を受け、竣工間近の象の鼻ふ頭が決壊するなど、厳しい状況が続いた。

 寅松は、昼夜を分かたず作業員たちを督励し、契約した十八か月で、蓬莱町、万代町、不老町、翁町、扇町、寿町、松影町、吉浜町、現在の関内駅周辺の繁華な土地を生み出し、堀割川も開削し、明治五年六月、ふ頭建設地も竣工させた。

 しかし、明治五年に新橋・横浜間に鉄道が開業し、維新の騒乱で横浜に避難していた人たちも東京に帰住するようになった。吉田新田の一角にあった遊郭も明治四年の火災で焼失し、高島町に移転した。埋立地の借り手もなく、吉田家の地代収入が途絶えた。

 さらに他の事業に失敗したウオルスホールから、元金に二割四分の高利を加えた四十数万円の返還を迫られた。
 

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