麻生区版 掲載号:2017年11月10日号
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柿生郷土史料館タイアップ企画柿生文化を読む第111回 シリーズ「麻生の歴史を探る」民間信仰(1)石造物〜庚申塔 前編

 徳川幕府によって戦乱の世が終わり、庶民の暮らしが安定してきた江戸期、村々に寺社への帰依とは異なる、石造物を造立しての民間信仰が起きてまいります。庚申・地神・地蔵などの信仰がそれですが、年代からいうと、庚申塔が先に造立されているようです。

 庚申信仰とは「人の体の中には三尸(さんし)の虫がいて、十干(じっかん)、十二支の組み合わせで60日に一度巡ってくる庚申(かのえさる)の日、人が眠ると体内から抜け出しその人の悪業を天帝に告げてしまう」という中国の道教(老子)から起きたものだそうで、平安・鎌倉時代の貴族や武士たちは「守庚申」とこれを信じました。室町時代にも「庚申待」と呼ぶ信仰があったようですが、石塔を造立するまでには至っていませんでした。

 麻生周辺で一番古い庚申塔は岡上の隣、現緑区田奈町所在の慶安三年(1650)の銘がある5輪塔の庚申塔で「于時慶安三庚寅暦 奉造立庚申待為供養 塔婆奉願望 地日成就祈所 武州都筑郡恩田村 霜月吉日 施主 敬白」と刻まれており(「緑区歴史の舞台を歩く」相澤雅雄より)、年代から推して、この施主はこの地の土豪層と思われます。川崎市内での最古は幸区の無量院にある燈籠型庚申塔で寛文元年(1661)の銘があり、また生田長沢の盛源寺参道に見る石柱型庚申塔は寛文十年(1670)の造立で、「山王大権現為供養也 武州橘樹郡菅生郷長沢村)と記されており、この2基は市の重要郷土資料に指定されています。

 庚申塔の特徴は正面に青面金剛像(しょうめんこんごうぞう=病魔退治の鬼神)が刻まれているのが一般的で願意銘文もさることながら、「庚申」を「申待」と呼んだことから、猿を天帝の使いとし石塔の下部に「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿が彫られているので他の石塔とは容易に判別がつきます。【後編へ続く】

 参考資料:歴史の舞台を歩く(相澤雅雄)」「麻生区の神社と寺院」「市石造物調査報告書」「早野七つの池と共に」

 文:小島一也(遺稿)

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