【あらすじ】ある日の夕方、湯河原の山あいにある病院へ、一人の男性が救急搬送されてきた。その男性は、万葉公園で倒れたという。名前は岡崎博。40代後半くらいで何日もまともに食事をとらず、衰弱していたところを警察に保護された。保護された際、岡崎は「人を殺してしまった」「許してくれ」と喚き、錯乱状態にあったという。精神科医の川咲は内科医長である磐田からその話を聞き、ひとまずカウンセリングを試みることにした。
「はい。私が殺したのは、ある文豪でした。」
翌日、磐田の同席のもと、川咲は岡崎に詳しい話を聞いてみたのだが、いつ、誰を殺したのか、殺人の詳細についてまったく思い出せないという。その一方で、岡崎はある人気作家を殺したと告白した。
そして自分の誕生日が近づくと、頭に声が聞こえ始め自分をコントロールできなくなるという。今回湯河原を訪れたのもそれが影響しており、気づいらた公園で倒れていたのだった。カウンセリングを終え、川咲と磐田は岡崎の奇妙な告白を整理した。
もし、岡崎が本当にある文豪を殺したとして、それはいったい誰なのか。三島由紀夫、太宰治、川端康成、おおくの文豪を思い出してはみるが、彼らの死亡時期と岡崎の年齢を考えるとどうも不自然だった。
その翌日、妄想や幻想の原因を確かめるため、川咲は岡崎に催眠療法を行った。深層心理を探ることで何かてがかりを掴むつもりだったのだが、催眠状態の岡崎の口から出たのは完璧な殺人の手口だった。ますます混迷する話に、磐田は岡崎の誕生日が関係しているのではないか、という。岡崎の誕生日、それは昭和の文豪芥川龍之介の命日だった。
催眠療法を終えしばらくたったころ、岡崎は病室から消えた。川咲は病院の下にある坂で岡崎を見つけるが、まっすぐ前を見つめて歩く姿は別人のようで、川咲はそのまま後を追った。温泉街を抜け、駅を越え、海岸沿いを歩いたかと思えば山に向かい歩き出す。迷いのない足取りを不思議に思いながら、川咲は後を追い続けた。そして、ある場所で歩みを止めた岡崎。
「やっとついた・・・」
そう漏らすと岡崎は涙をうかべ、そして芝生の上に倒れていた。そこは谷崎潤一郎の邸宅であった湘碧山房の前であった。岡崎と谷崎潤一郎の関係とは、そして芥川龍之介殺害の真相とは・・・
第14回湯河原文学賞「小説の部」の選考結果が27に発表された。最優秀賞は矢間景太郎さん(東京都北区在住)の『昭和文豪殺人事件』。作品は5月22日発売の小説NONに掲載されるほか、矢間さんには賞金50万円が贈られる。応募数は昨年より50作多い162作。一次選考は10作品が通過、最終選考に3作品が残り、うち1作品は伊藤謙治さん(真鶴町)の「女中の着物」だった。