「五人あわせて四百歳」と銘打った紫陽会書展(小田原で開催)に出品した 柏木 秀草さん 湯河原町中央在住 77歳
やり残したくない
○…今回の書展には20年間書きためた作品から、選りすぐることができた。一番のお気に入りは、中国の文学者・陶淵明の詩。文字列をたどれば、刻み込むような、あるいは舞うような筆跡にも見える。有名な「歳月人を待たず」は「人生でやり残しのないようつとめなさい」といった意味で、身にしみる一節。長年の友人が亡くなり、1日が早く過ぎるようになった。できる分量が減りつつある。
○…寒川町出身で、小学生の頃に終戦を迎えた。農家だった実家には、物々交換に来た人たちが野菜や米と引き換えに文具や書籍も置いていった。教科書もない時代に親から手渡された『シンデレラ』が、今でも続く文字との出会い。習字は6歳でお寺の僧侶に手ほどきを受けた。
○…平塚江南高を経て横浜の銀行に就職した後も書道をたしなんでいたが、残業の連続で遠のいた。結婚を機に夫の実家がある湯河原へ。伝統や習わしの息づく町で戸惑うことも多かったが、当時の空気の美味しさは格別だった。昭和40年代、自宅前の幕山公園通り線付近には、今では想像もつかない田んぼとレンゲ畑が広がっていた。
○…子育てがひと段落した後に、熱海の教室に通い再び習字に没頭。静岡県書道教授会の認定をうけ、自宅の和室で大人や子どもを教える側になった。なぜ書に魅入られたのか尋ねると「他のことを忘れられるから」。書き直しはきかないと思うと雑念は消え、集中力の結晶だけが残る。
○…教室だった自宅の片隅には筆がずらりと下げてあり、白髪交じりにも見える毛をそっと撫でた。今はもう誰かに教えることはない。数年前に交通事故にあい、痛みで座れない。「教わるほうが正座で、自分だけイスというのは」。それが納得いかずに教室を閉じた後も、やりたい事は尽きない。腰をすえて1冊の本を読むこともそのひとつ。壁や玄関に飾った墨書が、静かなエールになっている。
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