神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙

  • search
  • LINE
  • MailBan
  • X
  • Facebook
  • RSS
麻生区版 公開:2021年10月22日 エリアトップへ

記者まちかど探検 秋の味覚と麻生の地名 「柿生」「栗木」の由来は?

社会

公開:2021年10月22日

  • X
  • LINE
  • hatena
栗の木が多かったとされる説も=栗木台の農家で
栗の木が多かったとされる説も=栗木台の農家で

 「味覚の秋」到来--。秋に旬を迎える食べ物の中で、麻生区の地名になっているのが「柿」と「栗」だ。

 柿と言えば「柿生」。柿生の地名は、王禅寺の山の中で発見されたとされる「禅寺丸柿」が由来とされている。小田急線の駅名になっているが、実は、住所に「柿生」の名は存在しない。

 麻生観光協会の作成する「禅寺丸柿」のパンフレットによると、1889年(明治22年)の町村制の施行に伴い、都筑郡の十カ村が合併して「柿生村」となった。この時に、地域特産の禅寺丸柿の収穫が多い理由から「柿生まれる村」から名付けられ、1927年(昭和2年)に開業した小田急線の駅名にもなった。1939年(昭和14年)に、柿生村と岡上村が川崎市と合併したため、柿生村の名は50年ほどでなくなり、現在では、駅名と地域の総称として親しまれている。

 一方、「栗木」「栗木台」「栗平」の地名は、川崎市が発行する書籍『川崎の町名』によれば、この地域に栗の木が多かったとされる説がある。一方で、周囲に丘陵の尾根が連なり、東に開けている地域の特徴から、傾斜地を意味する「刳る(くる)」が「栗」の語源とされ、江戸時代の貞享、元禄期の文書に「栗喜」と書かれた文書が残っており、そこから名付けられたとされる説もある。

 昔は、栗木、栗木台、栗平の一部を含めて「栗木村」と呼ばれていたが、明治の町村制の施行で「柿生村」の大字となり、1939年に川崎市に編入された。

 「栗木」は、地元の人であれば「くりぎ」と読めるが、知らない人からすると「くりき」と読んでしまう。なぜ「ぎ」と濁るのか。書籍を調べ、古くから住む人たちに聞いてみたが、わからずじまい。ご存知の方がいれば編集室までご連絡を。

麻生区版のローカルニュース最新6

旧黒川村を散策

旧黒川村を散策

5月11日 麻生観光協会

3月29日

気持ちの良い麻生川へ

川崎麻生RC

気持ちの良い麻生川へ

桜まつりに向け清掃

3月29日

合同美術展で連携を

合同美術展で連携を

王禅寺団地自治会館で

3月29日

23年度「最も活躍した子」に

上麻生在住今井結菜さん

23年度「最も活躍した子」に

地域団体から表彰

3月29日

麻生の歴史を絵本に

川崎新都心街づくり財団

麻生の歴史を絵本に

市内全小学校へ寄贈予定

3月29日

「災害時、開いてます」

市薬剤師会

「災害時、開いてます」

436店舗で一斉防災訓練

3月29日

あっとほーむデスク

  • 3月29日0:00更新

  • 3月1日0:00更新

  • 1月19日0:00更新

麻生区版のあっとほーむデスク一覧へ

バックナンバー最新号:2024年3月29日号

もっと見る

閉じる

お問い合わせ

外部リンク

Twitter

Facebook