柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第117回 シリーズ「麻生の歴史を探る」民間信仰(4)石造物〜お地蔵さま 前編
私達の知る石造物の中で、最も親しまれているのはお地蔵様で、このお地蔵様とは仏教でいう菩薩のお姿を言い、菩薩とはお釈迦様が入滅の後の仏様とのことで、この地蔵信仰は奈良時代から始まり、特に江戸時代庶民の間で盛んになり、その信仰も様々で、お姿も異なっています。
片平修廣寺山門の左側に、高さ約1・8m、幅約70cmの大きな燈篭のような石塔(慶応四年造立)がありますが、この石塔は六角形で、よく見ると6面のそれぞれに異なった地蔵菩薩像が浮彫されています。これはお地蔵様は単独で立つものばかりではないことを表したもので、これを燈篭型六地蔵と呼ぶそうです。六地蔵とは、死者が冥土に赴くと、地獄・極楽など冥土には六つの道があり、死者を迷うことなく六道の冥府へ案内して下さる仏を言います。この燈籠型六地蔵は上麻生の浄慶寺にも高さ約1mほどの塔がありますが残念なことに剥落が激しく、六地蔵の姿は判別できるものの、その銘・造立期が読み取れません。また、王禅寺境内にも古い六面地蔵があり(年代不詳)、岡上東光院には三面六地蔵(1面に2体彫、造立期不明)があります(市調査報告書)。なお市調査によると幸区の無量院には燈篭の軸に六地蔵を刻みその下に三猿を浮彫した寛文元年(1661)造立の塔があるそうですので、これ等を考えますと王禅寺等の燈篭地蔵塔は信仰当初の造立だったと思われます(修廣寺の塔を除き)。
この燈篭六地蔵に比べ、最もポピュラーなのが、多くのお寺の参道や境内に赤い頭巾に赤い袈裟、6体並ぶ六地蔵で前述したようにこのお地蔵様を見ると、お顔の表情、持ち物、お手の仕種(しぐさ)、御召し物が異なっています。これは死者を、地獄道(罪悪の重い者が行く道)、餓鬼道(欲におぼれた者が行く道)、畜生道(人間以外の生物の行く道)、修羅道(戦の世界を行く道)、人道(煩悩を持つ者の行く道)、天道(善行の者が行く極楽の道)の6道ある冥府への道を案内する旅姿を現したもので、人間は誰でも罪深く煩悩はあるもの、そこに救いを求めたのが六地蔵信仰だったのでしょう。
【後編へ続く】
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