麻生区版 掲載号:2019年1月11日号
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柿生文化を読む 第142回 シリーズ「麻生の歴史を探る」露天商揚屋一家 後編参考資料:「ふるさとは語る(柿生郷土史刊行会)」「稲毛郷土史(伊藤葦天)」「川崎市史」

【前編から続く】

 王禅寺観音堂境内の左端に「證得廣善居士」「皆悉妙知大姉」と記された高さ1m程の墓石があります。だがよく見ると左側面には「親方俗名内山佐吉 右村の商人連中所志報恩塔」、右側面には「文化十酉年十月吉辰 施主連中 四十四名」と記されています。さらに台座には正面に「世話人 金井村文六 下三輪村安右衛門 同所伊左衛門 同所弥兵衛 王禅寺村亀蔵…」など世話人8名、残りの三方に36名が刻まれています。合計すると下三輪村8名、王禅寺村6名、下麻生・岡上・成合村が3名、片平・眞光寺・小山田・寺家・平尾村が2名、金井・上麻生・早野・黒川・上三輪・長津田・黒須田・栗木・大蔵・谷本・大谷村が1名ずつで計44名となります。これはこの地方の露天商の世話人の、親分である王禅寺の内山佐吉(内山和佐男家)に対する報恩碑(所志報塔)であり、その施主連中の村々は21ヶ村に亘っています。

 この露天商(香具師=やし)について、登戸丸山の郷土市家で文学者の伊藤葦天氏は概略次のような随筆を書いておられます。「王禅寺に内山という香具師の親分がいた。この辺一帯に縄張りを持ち、西は八王子から東は神奈川の同業者と付き合いがあった〜略〜内山には村内に信頼する子分が居り、それが清吉の父だった。清吉は老齢の父に代わって多くの三東(露店商い)に出た。清吉は身の丈6尺近く、骨格は相撲取りのように太く、気風が良く、侠気に富み、肌一面に倶利伽羅紋々(不動明王の刺青)が彫ってあった〜略〜武州本町田の天神様の祭礼は毎年9月25日。この日神奈川と八王子の香具師仲間で縄張りを争う大喧嘩が起こった。殺気立ち、ついに白刃がひらめき人の腕が血しぶきを上げて飛んだ。その時、素裸で褌一つの大男が両手を広げ“待った”と大音声で飛び込んだ。それは王禅寺の清吉だった…」(「稲毛郷土史」より)

 町田の天神様の出入りを度胸で納めた尾作清吉は老齢のため隠居した親分内山佐吉の跡目を継ぎ、揚屋一家を名乗りますが、天保11年(1840)改めて露天商仲間の「組合掟書」を作っています。それには喧嘩口論を慎む、商品は1店1品、その日に仕入れる、偽物は売らない、素人をだまさない、押売押買をしない、などを取り決め、揚屋の身内は安政6年(1859)には65人いたそうです。明治になって王鶴組合(王は王禅寺の王、鶴は鶴川の鶴)となりましたが、麻生不動の露天商の地割は昭和30年代までは揚屋の秀吉さんが仕切っていたようです。いずれにしろ今日の麻生不動の陰には、村の農間渡世人、露天商があったことが否めません。

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