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柿生文化を読む 第149回 シリーズ「麻生の歴史を探る」岡上の山伏― 前編

掲載号:2019年5月17日号

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高松三春家に残された補任状
高松三春家に残された補任状

 麻生区岡上に通称「山伏谷戸」と呼ぶところがあります。小名は自正寺、天神谷戸と言いますが、その奥部が山伏谷戸で、元禄時代(1688〜1704)、京都醍醐寺三宝院の修験者四坊(家)が居住していたことからその名が付けられました。京都三宝院とは、平安時代後期の永久3年(1115)、京都伏見に建立された真言宗醍醐派総本山醍醐寺の子院のことで、山伏とは、日本古来の山岳宗教と仏教の密教、中国の道教を結び付けた宗教の実践者で、霊験を得るため山中で修験・加持・祈祷を業としますが、この修験道は、真言宗系(三宝院)と天台宗系(聖護院)の2流に分かれていたそうです。

 この岡上山伏四坊とは、圓覚院、持宝院、玉宝院、泉宝院の四坊で、坊とは宿坊を意味し、どの坊にも不動尊像が安置された院(祠)があり、護摩が焚かれていました。「不動の金縛り」とは、修験者の秘法の一つで、伝承によるとこの山伏谷戸には「斗藪とそう」と呼ぶ精神修行に用いた細道が今もかすかに残っているそうです。前述のようにこの山伏の業は真言密教を教義に加持・祈祷・呪術・儀礼を持って庶衆を救うとするもので、毎年奈良吉野郡にある修験者の本山鳳閣寺(開創寛平7年、895、真言宗)で四坊の歴代当主は修験を続け、特に享保(1732)、天明(1783)、天保(1833)の大飢饉、安政(1855)の大地震には、加持祈祷に村々を回ったようです。岡上を中心に奈良・恩田・長津田・三輪・麻生・大蔵・金井・町田などに多くの信徒を持ったと言われ、毎年、奈良の真言宗の霊山大峰山(鳳閣寺修行地)に入り、年に一度、前記京都醍醐寺三宝院の霊札を出しますが、この日(1月28日)、この谷戸は大変な賑わいを見せたと伝えられています。

 幸いなことに、この岡上の山伏を知る資料のいくつかは高松家・梶家に保存され、市民ミュージアムに寄贈されています。その一つが京都三宝院から出された修験者の階位を定めた「補任状」という任命書で、圓覚院(高松家)には17通が残されており、一番古いのは延享2年(1745)、新しいのは天保7年(1836)で、その後も続きますから、岡上の山伏は150年の歴史を持つものと思われます。

      【後編に続く】

(参考文献)「郷土岡上」(岡上郷土史会)、「柿生郷土史」(柿生小学校)、「歩け歩こう麻生の里」(麻生老人クラブ)、「柿生文化」(柿生郷土史料館)、「企画展 呪いと祈り図録」(川崎市民ミュージアム)
 

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