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柿生文化を読む 第154回 シリーズ「麻生の歴史を探る」蚕影山信仰 前編 文:小島一也(遺稿)

掲載号:2019年8月2日号

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日本民家園に移された蚕影山祠堂
日本民家園に移された蚕影山祠堂

 小さな蚕が口から糸を吐き、繭を作り、絹糸となって貧しい農民の暮らしを助けていく。その蚕の不思議さは多くの伝説を生み、崇められ、各地に養蚕伝承を残しています。

 麻生区の黒川には、川崎市の民俗芸能に指定された「蚕影山和讃」が、地域のご婦人方によって継承保存されています。これは毎年2月初午(はつうま)の午後、蚕日待(かいこひまち)といって、蚕の供養と繭の豊作を祈って行う行事(今は行われていない)ですが、その際各自が鉦鼓(しょうこ)を叩いて唱えられるのが「蚕影山和讃」で、それは、「帰命頂礼蚕影山 蚕の由来を尋ぬれば 天竺御門のおん娘 玉よの姫と申せしは じゃけんの継母の手にかかり うつらの舟にうち乗せて とよらの港に流されし それを島人あわれみて ふびんの者と養育す ときに不思議な夢知らせ 世間の人を助けんと 蚕の虫になり給う…」と唱えるもので、帰命頂礼とは仏に帰依する言葉で「継母にいじめれた娘が、村人の温かさに触れ、蚕になって報いた」とする内容で、「とよらの港」とは茨城県の豊浦を指し、この黒川の蚕影山和讃の会場には豊浦(筑波)「蚕影神社」の掛軸が掲げられ、お蚕由来の和讃が終えると「なにごとも 蚕の思うままにして さからわぬこそ蚕への道…」と、ご詠歌(心得の歌)を唱えて終えたそうです。

 岡上の東光院の境内、大きな銀杏の木の下に、間口約3m奥行約5m茅葺き、入母屋造りの通称「蚕影山」と呼ぶ祠堂がありました(今は日本民家園に移され無し)。この祠堂は万延元年(1860)村民が茨城筑波の蚕影神社の神を勧請したもので、内部に納められた宮殿は文久3年(1863)造立の銘があり、そこには蚕影山大権現像と馬喰大菩薩像の2体が祀られています。宮殿外面には、金色姫(玉よ姫)の苦難の場面が4面の木彫で浮彫に描かれており、その4つの場面には、獅子の谷、鷹の山、丸木舟、お庭が表されます。蚕は4眠して繭を作りますが、4眠の過程を、獅子の並び、鷹の並び、舟の並び、そして4眠から起きた時を「庭起き」と呼ぶのにちなみ、金色姫伝説と関わって描かれたものと思われます。

【後編に続く】
 

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