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柿生文化を読む 第156回 シリーズ「麻生の歴史を探る」禅寺丸柿誕生 前編 文:小島一也(遺稿)

掲載号:2019年9月6日号

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祠堂彫刻のうち丸木舟
祠堂彫刻のうち丸木舟

 新編武蔵風土記稿は文化13年(1816)当時、幕府によって編集された歴史書ですが、その武蔵国都筑郡の「土産」の項に、「柿、王禅寺村より出ずるを尤も良しとす、今はそこにも限らず、おしなべてこの辺りを産とす、村民江戸へ運びて余業とせり、その実すぐれて美なり、もと王禅寺丸と唱うべきを上略して禅寺丸とのみ呼べり…」と、江戸時代中期には、広くこの地方に栽培されていたことを記しています。

 降って明治44年(1911)都筑郡市ヶ尾村(現青葉区市ヶ尾)の、農民であり作家の広田鉄五郎氏(花崖)は、友人の篤農家谷本眞司氏と共著で「禅寺丸柿栽培法」と題する著書を出版しております。これは、当時の神奈川県農業試験場長(本間農学士)や県関係者の助力を得たもので、前々年(明治42年)王禅寺村の森七郎氏の柿が献納に浴し、同年販路を尾州(名古屋)枇杷島に求め、名声を博した頃の著作で、我が禅寺丸柿は柿実界の覇王と述べ、「原産の地を都筑郡柿生村大字王禅寺、蓋し禅寺丸なる名称の由って来る所以なり」と述べています。「今その来歴を究るに史の徴すべきものはなく、従って明確なる考証を為す能わざる遺憾ありと雖も、農家に存するところの、樹齢500年以上と言い伝ふる老樹多く 〜略〜 口碑の伝ふる處に依れば、今より690年前の昔なる建保2年、王禅寺中興開山等海上人、本堂再建用材選択の為、寺領、森林99谷奥深く尋ね入りしに、其風味の甘味なること、他に比すべきもあらず、上人大いに喜び、これを境内に接ぎ取り、農家に説きて植えしむ…」と、今に残る伝承を記しています。

 柿は諸資料によると、日本・中国・朝鮮が原産と言われ、山野に自生していたものが突然変異により実を為し、果実となったものとされます。平安時代、当時の律令(延喜式967年施行)下で行われた朝廷での祭礼には、その供物の中に栗子・桃子・柚子・枇杷子と並んで柿子(加岐)が水菓子と称して献上されていますが、その頃の加岐と称する水菓子は、甘柿・渋柿・干柿が混在し、品種も栽培も固定したものではなかったようです。降って鎌倉時代末期(1290〜1330)となると、野生柿と栽培柿は分類されていくようで、当時の庶民の生活を綴った「庭訓往来」(僧玄恵1269〜1350)には、柿の植樹を記述したところがあります。

【後編に続く】
 

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