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柿生文化を読む 第158回 シリーズ「麻生の歴史を探る」江戸で人気 禅寺丸柿 前編 文:小島一也(遺稿)

掲載号:2019年10月4日号

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枝柿
枝柿

 「ハァー お江戸池上 お会式太鼓 粋な男にゃ禅寺丸…」ご存知柿生音頭(志村昇作詞)の一節ですが、池上とは現大田区池上の日蓮宗本山本門寺のこと。お会式太鼓とは、毎年10月12日の日蓮上人入寂の縁日の夜に近郷近在の信徒が団扇太鼓を打ち鳴らし、万燈(まんどう=枠に飾られた灯火)を押し立て、境内や町に繰り出す江戸の名物行事です。その縁日の屋台は、柿生の若い衆によって運ばれた禅寺丸柿で彩られ、人気を呼んだものです。

 この禅寺丸柿が一般に甘柿(品種)として注目され始めたのは、家康による禅寺丸柿命名の故事頃からで、寛永9年(1632)、王禅寺村が増上寺領となった頃には江戸に知られており、それは、文化13年(1816)の頃発刊の新編武蔵風土記稿の王禅寺・下麻生・金程・末長・井田・諏訪・河原村などの項に、「禅寺丸柿、土性宜しきを以て栽培す、実に採りて余業となせり」と記していますので、この頃、都筑・橘樹郡から多摩・相模へと栽培が及んでいたことが分かります。

 前記、池上のお会式(10月11日〜13日)は、ちょうど禅寺丸柿出荷の最盛期で、実りもよく枝柿で売られる値は、一束10個が上物で5銭、並物が2銭5厘、下物が1銭(角田益信氏多摩川音頭余話)で、年代によって相違はあったでしょうが、小粒ながら赤くて丸い禅寺丸柿は、江戸庶民の懐と趣向にピッタリで、水菓子と尊重され、「池上のお会式の名物は、万燈と禅寺丸柿」と江戸町民に吹聴され、慶安の頃(1648〜52)江戸市場では果実の王座を占めていたと言われます。

 その頃、柿の江戸への出荷は、山道は馬の背に6貫目(22・5キログラム)入りの籠を3筒乗せて運んだ(弘法松風土記 志村昇氏)といい、平坦な道は馬1頭に乗せる量を1駄(36貫135キログラムが標準)とされています。幕末から明治になると、手車に4貫目(15キログラム)入りの籠を4〜5個積んで神田市場に運んだ(くろかわ)そうで、早野の高瀬兼五郎さんは六角の竹籠を天秤棒で担ぎ、神田市場へ運んだ(早野郷土史)、との逸話もあります。市場には、西藤・船源・鈴太・丸減などの問屋が店を連ねていたそうで、柿の値段は、4貫目入り籠で上物が1円50銭、下物が25銭、米1升が6銭25厘の時代、大きな稼ぎであったようです。

【後編に続く】
 

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