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柿生文化を読む 第1回 シリーズ「鶴見川流域の中世」中世人の生活の舞台としての鶴見川 文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

掲載号:2020年6月12日号

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【はじめに】

 鶴見川は町田市上小山田町田中谷戸を水源として横浜市鶴見区末広町で東京湾に注ぐ、全長42・5Kmの一級河川である。4つの大きな支流の恩田川は町田市七国山、早渕川は横浜市青葉区美しが丘西早淵川公園北、鳥山川は横浜市神奈川区羽沢町、矢上川は川崎市宮前区菅生緑地をそれぞれ水源としている。いずれの水源も多摩丘陵や上末 台地の谷戸(やと)と呼ばれる小さな谷の湧水に発している。

 鶴見川の流域は東京都町田市、稲城市、神奈川県横浜市、川崎市に広がり、昔の行政区分にしたがえば武蔵国都筑郡、橘樹郡、多摩郡の一部に当たっている。ここでは、主に都筑郡と橘樹郡を扱い必要に応じてその他の地域の歴史にも触れることにする。

【流域の原風景】

 流域の大分部は開発によって市街地化されているが、自然の地形が残る小野路川源流域では丘陵に登って見晴らすと、木々の緑に覆われた丘陵と谷が幾重にも続き、谷(やと)には水田が開かれ丘陵と谷戸の間にある斜面には農家と畠が点在する景色を見る事ができる。おそらく、こうした景観がこの流域の原風景であろう。中世の段階では丘陵に点在する谷戸田は自然の湧き水に恵まれて収穫が安定していたと言われている。これに比べ鶴見川・多摩川の沖積低地では蛇行や乱流によって形成した自然堤防上の微高地に集落が点在して、水田と未耕作地や湿地が入り組んだ景観であろう。沖積低地が一円水田化するのは江戸幕府によるニケ領用水等の開削を待たなければならない。

【小支流は中世人の生活の舞台】

 鶴見川と恩田川をはじめとする4つの大きな支流は樹木が枝を広げたようにひろがり、そこに合流する多くの小支流が多摩丘陵と上末 台地に発達し谷を作り複雑な地形を形成している(図1参照)。その小支流(谷戸)の一つ一つが鶴見川流域の中世人の生活の舞台であった。その痕跡を確かめる手立ては文献史料、伝承、考古学的な発掘調査、板碑や石塔類、寺院や神社、中世城郭跡や経塚、地名(小字名)などである。ここで小支流(谷戸)における中世人の生活の跡をいくつか紹介しておこう。(続)
 

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