麻生区版 掲載号:2020年7月10日号 エリアトップへ

柿生文化を読む 第2回 シリーズ「鶴見川流域の中世」中世人の生活の舞台としての鶴見川【1】 文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

掲載号:2020年7月10日号

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宝暦12年の王禅寺村絵図。中央右に寺山と記した辺りが王禅寺領
宝暦12年の王禅寺村絵図。中央右に寺山と記した辺りが王禅寺領

 鶴見川流域の小支流(谷戸)における中世人の生活の跡をいくつか紹介する。

 鶴見川最上部にある町田市下小山田町大泉寺には、小山田氏の伝承が伝わっている。小山田別当有重は平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した武蔵国有力武士団である秩父平氏の一族で、小山田荘(保)を名字の地とした武士であった。付近の多摩丘陵には館跡や多くの中世城郭跡が残る。この地域には武蔵府中に通じる鎌倉街道上道をはじめ古代から中世の道路跡が幾本も貫通している事から、小山田氏が交通・流通に関与していたと考えられる。

 小山田荘(保)住民や小山田氏の配下の人々も、これらの生業に関わっていたことであろう。小野路川の源流域には鎌倉街道沿いに小野路宿が営まれ、集落の南端の小高い所にある小野神社には応永10(1403)年銘の銅鐘が寄進されていた。「往来の人をして晩宿早発にその時を知らしむ」「道路の患難を免れしむ」(原文を読み下し文に直した)などの銘文から15世紀前半には小野路宿が存在したことがわかる。残念なことに、この鐘は小野神社から失われて逗子市の海宝院に現存している。文明年間両上杉の戦乱に際し、山内上杉方の兵に陣鐘として持ち去られたと伝えられている。 続く
 

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